第39話 お家騒動の顛末

「この特許は許諾後に附則が加えられ、修正されています。その内容がこの製造工程における特許と連動するという一文です」

「雑賀君、その製造工程における特許とは?」

 御手洗に答えて王彦が解説する。

「大島貞夫本部長が個人的に申請し許諾を得た特許です。当社がU—マイクロベアリングを製造するにあたり重要な技術です。それを貞夫本部長が私的に特許を取っていた。その内容が附則として記載されたことで、ステラ精工の特許が俄にU—マイクロベアリングに関する類似特許と見なすことが出来るようになった」

 ここまで聞いていた大島浩一が初めて声を上げた。

「貞夫はどこへ行った!?」

「向山室長」

 王彦がドア近くに立っていた秘書室長を促した。

「はい。大島貞夫技術本部長に今日の出張予定はありません。ですが、秘書が航空券を手配してました」

「どこへ?」

「香港です」

 議場にざわめきが起こった。

「まさか! 貞夫のやつ!」

浩一暫定社長が怒鳴り声を上げた。

「ベアリング技術は軍事転用が可能です。というより兵器開発に欠かせない技術と言える。これを決めたのがいつのことなのか分かりませんが、直近のことなら政府の輸出規制に反することになりますね」

 王彦が淡々と言った。そして淡々と続ける。

「つまり美加登正三は貞夫技術本部長を抱き込んで特許侵害を捏造、我が社を訴えてきた。いや、元々裁判で勝てるとは美加登も思っていないはず。訴えた事実があればよかった・・・」

 王彦は一息つくとスマホを操作した。1枚の来訪者カードが映し出された。

「ここです。帝都企画三上とサインしてある。この時間の監視カメラ映像を見つけました」

 次に映し出されたのは受付を訪ねる美加登正三の姿だった。最初の写真は頭を下げていて顔はよく分からなかった。だが2枚目の写真は出迎えた秘書に答えて頭を上げた美加登の顔が鮮明に写っていた。

「美加登正三です。顔認証に掛けるまでもなく間違いないでしょう。そして帝都企画という会社。これは美加登正三の、パテント・トロール企業です」

 王彦は再び写真を来訪者カードに戻した。訪問先は刑部常務と書かれていた。

「刑部常務! あなた美加登正三と結託しましたね! 訴えさせて大島新社長就任を潰す腹だった。違いますか!?」

 王彦に指差された刑部はたじろいだ。どう言い訳したものか、言葉が出ない。そしてそれこそ自らの罪を認めたことに他ならなかった。

「貞夫君は大島精機の重要な企業秘密を中国に売り渡そうとしている。許しがたい背任行為だ」

 御手洗が怒鳴り声を上げた。そのままのボリュームで大島佳那に言い放つ。

「佳那さん、あんたもこの悪巧みに一枚噛んでいるね。いったいどういうことなんだ!」

「貞夫兄さんがやったことなんか知らない! 私は、私は会社を建て直したかった。あんなに苦労して父を支えたお母さんの為にも会社は潰せない。そうよ、このままじゃ大島精機は潰れます。浩一兄さんに任せておいたら、潰れますよ」

 佳那の反撃だった。佳那は実の兄を指してそう言ったのだ。

 これを受けて御手洗がおもむろに立ち上がる。

「浩一君、私は社外取締役として誰に着くとかはしない。大島精機が存続することを願うのみだ。あなたのやり方が拙かったんだよ。分かるかね。同族経営を否定はしないが、独裁になってはダメだ。創業者の智さんはそうだったかもしれないが、君は会社を我が物にするのではなく現代的な企業ガバナンスを実践すべきだった。決を採れば君は負けていたぞ。それ程に君の会社経営には不満が多かったということだ」

 何一つ決まらぬまま大島精機臨時役員会は終了した。


 その夜、雑賀王彦の自宅。

「それで大島精機は大丈夫なの?」

くららがビール片手の王彦に聞いた。

「どうかな・・・」

「潰れちゃうなんてことも?」

「それはさせないよ。コンサルの名誉に賭けても乗り越えてみせる」

「でも、暫定社長の社長就任はダメでしょ?」

「そこだよ。現実、誰も法は犯していないんだ。貞夫だって今の日本にはスパイ防止法みたいな物はないし、昔みたいなCOCOMもない。罪には問えないんじゃないかな。刑部常務も一緒だ。美加登正三がなかなか罪に問えないように刑部も法では裁けない」

「つまり、会社への背任行為でしか罰を与えることは出来ないわけね」

「そういうことだ。佳那の言い分だと浩一も使途不明金があるって言ってる」

「使途不明金?」

「明確に横領なら罪になるけど、単に経理処理上のミスで片付くなら・・・」

「じゃあ、この騒ぎの責任は誰が取るの?」

「先生が言ってたけど、今回のことみんなで反省して手を握れば、そのまんま会社は続くのかもな。で、東京総研だけ契約を切られる。俺の成績が下がる」

「まさか、先生がそんなことさせないでしょ?」

「いや、社外取締役に出来ることは限られる。企業風土の改革まで先生が進めるのは無理があると思うよ」

 ここでくららもグビリとビールを流し込んだ。

「で、須合祥子さんの件はどうなるの!?」

「それが一番の問題なんだ。独裁的な社長に対する反社長勢力による特許騒動に殺人事件は全く絡んでこないんだ。白紙だよ」

「そんなあ! 浩一社長が殺したんじゃ・・・」

「それはないな。実は祥子さんの仲介で大島家は辛うじてまとまっていた、そんな感じなんだ」

「何なのよ、そんな家族!」

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