第38話 白熱する臨時役員会

「貞夫さんはおらんのか?」

 会議室へ王彦と佳那が入って来たところで、御手洗が尋ねた。

「本部長は本日は出張です」

佳那が御手洗に答えた。

「藍澤さん、本部長はどこへ?」

 御手洗は進行を勤める総務担当役員の藍澤に尋ねる。だが、藍澤は答えを持ち合わせていなかった。

「今日が臨時役員会であることは貞夫本部長には伝えてないのか?」

「す、すいません。ゲストなので強制は・・・」

藍澤が答える。

「なら、秘書室長を読んでください」

 御手洗が藍澤に命じた。すると刑部が痺れを切らしたように御手洗に声を掛けた。

「御手洗さん、何に拘っておられるのか分かりませんが、もういいじゃありませんか」

「もういい? もういいとはどういうことですかな? 刑部さん」

 御手洗が強気で返す。刑部も語気を荒めて言い返した。

「社外取締役の出る幕ではないと申し上げている」

 これを聞いて御手洗が顔色を変えた。

「もちろんです。これが普通の企業承継問題であり、特許侵害訴訟であれば社外取締役の口を出すところではないんだ」

 ところがここで、もう1人の社外取締役緑川が口を出した。

「その通りですよ、御手洗さん。我々の役目は公平な目で企業ガバナンスが機能しているかどうかのチェックです」

 しかし御手洗はここぞとばかりに声を張り上げた。

「そこですよ、緑川さん。社外取締役は社内役員から接待を受けるのはコンプライアンス上いかがなものかと。そういう風土が広がっている大島精機にブレーキを掛けるのが社外取締役の仕事ですぞ」

「な、何を言ってるんだ君は!」

緑川が気色ばむ。そんな緑川を無視して御手洗は王彦に目配せした。

 王彦は内線電話を取ると秘書室に電話を掛ける。秘書室長向山晃子を呼び出した。

 そして会議室の隅に置かれていた大型ディスプレイを運んでくる。電源を入れるとスマホとWi-Fi接続した。

 そこに映し出されたのは、どこかの高級クラブでホステスに挟まれてにやけている緑川と刑部の姿だった。

「臨時役員会を前に特定の役員と銀座で飲み食いは・・・いかがなものかな」

 議場から溜息が漏れる。緑川が拳を握るが、それをどうすることも出来なかった。ただうな垂れるのみだ。

「じゃあ、調査の結果は雑賀君から説明して貰います」

 御手洗が言うと、王彦が話し出した。

「東京総研の雑賀王彦と申します。御手洗社外役員の依頼で調査を行いました。それ以前に私ども東京総研は長年に渡り社長室から発注を受け経営のコンサルティングを務めてきましたこともあり、今回の件看過できないと判断しました」

 刑部が何か言おうとするのを手で制して、王彦は続ける。

「今般の特許侵害訴訟ですが、大きな疑問がひとつ。何で今になってステラ精工が訴えてきたのかということです。逆に言えばなぜステラは今まで訴えなかったのか、ということにもなります」

「この会議の席で話すことではない!」

 たまらず刑部が声を張り上げた。だが、王彦は怯まない。

「訴えられてるんですよ。重要なことです。刑部常務」

 この会議の席で常務派からの懐柔を受けた役員たちは肝を冷やしていた。緑川社外取締役のあんな写真を見せられてはたまったものではない。

「ステラ精工、ここはダミー会社です」

 いきなりそう切り出して、王彦は例の閉鎖された町工場ステラ精工の写真をディスプレイに写した。

「ステラ精工は随分前から実体を持ちません。特許を保有するだけの会社になっています。そしてそのオーナーは美加登正三という人物です」

 王彦は今度はステラ精工の登記事項証明書を映し出す。美加登正三の名前を指し示した。

「続けてディスプレイに美加登正三の写真を上げた」

「雑賀君、その写真をよく見つけたね。美加登正三という人物めったに表には出てこないだろう」

 御手洗が雑賀に言った。もちろん議場にいる皆に聞こえるようにだ。

「はい。ですが、こういう時代ですからね。ネットには必ず何枚かは出てしまうんです。それを探し出しました。これは6年前政府主催の環境保全活動のシンポジウムに参加した時の写真です」

 王彦は御手洗にそう説明したが、スマホを操作すると美加登が関わった特許権係争の新聞記事を並べた。

「この通り10年以上前から様々な特許権裁判や係争に関わっています。どれもこれも特定業界の物ではありません。儲かりそうな特許を追いかけているのは明白。美加登正三という人物、その筋ではパテント・トロールとして有名です」

「パテント・トロール!?」

場内から声が漏れる。が、御手洗が一喝した。

「知らん者は自分で調べてくれ。今は説明は省く」

 それを受けて王彦が再び話し出した。

「つまりステラ精工のU—マイクロベアリング関連特許は美加登正三によって買い取られた特許の中にたまたまあった物だったんです。しかも特許の内容は大島精機の特許とは別物で、本来これで訴えることは出来ません」

 王彦はステラ精工の特許明細書を写した。

「それでは、何で訴えられた?」

誰かが叫んだ。

「附則の一文です」

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