第52話 虹の橋
信太郎は袋を開けると糸で束ねられた3センチほどの髪の束を取り出した。
「サビーヌ、見えるか? 匂いを嗅いでみろ。祥子の臭いがするだろ?」
信太郎はそう言って小さな髪の束をサビーヌの鼻の前に持っていった。
匂いを嗅ぐサビーヌ。それでサビーヌの脳裏には亡き母上の想い出が溢れた。
『母上だ・・・』
サビーヌが呟く。
「納棺師の方に言われたんだ。もしあなたが亡くなったらこれを持って旅立てば、次の世でもきっと祥子さんに会うことが出来ますよ、とね」
サビーヌは何も言うことなく祥子の想い出に溺れている。
「サビーヌ、これを半分おまえにあげるよ」
信太郎が言った。パッと目を開けるサビーヌ。
信太郎は、遺髪の束を解くと2つに分けた。それぞれを新たな糸で束ねる。
「そうだ。ちょっと待ってて」
信太郎はドレッサーの横に置いてあった祥子のトートバッグを持ってきた。
大きめでマチの付いたバッグである。祥子が通勤に使っていたものだ。
内ポケットにサビーヌの毛が入ったお守り袋が入っている。
信太郎はカバンの中に猫の毛がたくさん付いている事に気が付いた。
「サビーヌ。おまえ、このバッグの中に入ってたな?」
サビーヌは何も言わずにそっぽを向いた。
「そうか、寂しかったな・・・」
信太郎はまたポロポロ涙を零しながらサビーヌを撫でた。
「祥子が持っていたおまえの毛が入ったお守り袋だ。この中に祥子の髪の毛も・・・」
信太郎はお守り袋の中に祥子の髪の毛を入れると口を締めた。
更に信太郎は柔らかい布のリボンを探してくると、そこにお守り袋の紐を通してサビーヌの首に巻いた。
「これは祥子が誕生日にくれたプレゼントのリボンだ。これを首輪代わりに巻いておくよ。これでおまえもお守り袋を持っていられる」
サビーヌはお守り袋を抱きかかえるように丸くなると目を閉じた。
「これで天国で必ず祥子に会える。無くさないように持って行きな」
サビーヌは眠ってはいなかった。その証拠に信太郎の頭の中に、
「ありがとう」
と言って来たのだ。
「しばらく後だとは思うけど、僕も行くからその時は宜しくな」
信太郎はそう言うとサビーヌの返事を待つことなく寝室を出た。
翌朝サビーヌは持ち直して、餌を食べ水を飲んでトイレに行った。
そして仕事に出掛ける信太郎を玄関まで見送りに来た。
サビーヌはもうテレパシーを使うことはなかった。信太郎の顔を見てニャンと鳴いたのが最後だった。別れの挨拶だったと思う。
仕事から戻った信太郎はキャットタワーの中段で眠るように死んでいるサビーヌを見つけた。大切そうにお守り袋を抱きかかえていた。
「どうしてまた、ここへ・・・」
よくここに登れたと思う。そして、どうしてここに登ったのか?
きっと何か意味があるのだろうと信太郎は思った。あるいは猫らしい最後の気まぐれだったのかも知れないとも思う。
信太郎は専門の業者を探してサビーヌを荼毘に付した。サビーヌは小さな骨壺になって祥子の隣に安置された。
サビーヌは祥子の遺髪を持って虹の橋を渡っただろう。天国でふたりは再会したに違いない。信太郎はそう信じている。
その後しばらくして、信太郎はペットと一緒に入れる墓を見つけて契約した。
なので、祥子とサビーヌは今も一緒に眠っている。
終わり
サビ猫サビーヌの愛情 元之介 @rT9DgXb_32
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます