第2話 猫がしゃべる!?

『さっきからそう言ってるだろう』

 香箱座りのチビが言い放った。

『いや、正しくないな。あたしは人間の言葉を話せない』

「だよな」

それに信太郎は相槌を打つ。が、言ってしまってから、ぎゃっと悲鳴を上げた。

「ね、ね、猫がしゃべった」

『少し落ち着け。あたしはしゃべってはいない』

 チビが言う。その声は信太郎の心の中に直接響いて来た。更に疑問符が増える信太郎。

「どういうことだ?」

 思わず信太郎はさっきから足と手を器用に折りたたんで座ったチビに言ってしまった。

『テレパシーだ。あたしはしゃべっているわけじゃない。あたしの声帯では人の言葉はしゃべれない。あたしは、おまえの頭の中に直接思っていることを伝えている』

「そうか、テレパシーな。そりゃ便利だ、って。そんなことあるか!?」

『あたしも歳を経て老練になった・・・』

 チビの答えが頭の中に響いてきた。確かにチビはしゃべっているわけではない。その証拠に口は閉じたままだったし、何とかだにゃ、とか言っている訳ではないのだ。

「ち、チビ。おまえ、ば、化けたのか?」

 猫は化けると言うではないか。

信太郎が言うと、

『ある意味正しい。我ら猫族の中には年古る結果こうした特殊能力を持つ者がいる。あたしも数年前からこれを会得した』

また心の中に直接声が響いて来た。

 チビは今年20歳だ。長生きである。元々は祥子が子供の頃に拾ってきた子猫だった。

 祥子の母親は飼いたいという娘を説き伏せてチビを保護猫の団体に預けた。だけどサビ猫という特殊な柄もあってか、この子猫になかなか貰い手が現れなかった。

 祥子はずっとその団体に通い詰めたそうだ。そして2ヶ月後、今度は断固たる決意を持ってこの猫を飼いたいと母親に迫った。

 以来チビと名付けられた錆色の猫は祥子とずっと一緒だ。

『母上は一体どうしたんだ』

するとチビがまた問い直してきた。

 その言葉に信太郎は一気に現実に引き戻された。昨日何があったのか、そして最愛の妻が今はもういないことを思い出す。

『答えろ! あたしは人の心が読めるわけではない。自分の考えを伝えることが出来るだけだ。おまえが教えてくれないと、何にも分からない』

 チビが焦れたように続けた。そしてチビは明らかに祥子のことを心配している。

「うん。チビさあ、母上っていうのは祥子のことなのかい?」

 信太郎はちょっとしんみりして言った。妻の飼い猫は妻のことを母と呼んでいる。するとチビが今度は答える代わりに頷いた。

「そうかあ・・・お母さんなのか・・・」

 信太郎はチビが愛おしくなって、座り直すと抱き上げた。

 だが、チビは身体を仰け反らせ手足を突っ張って信太郎から逃れた。

『気安く触るな! 下郎が!』

「そうだった・・・」

 信太郎はつぶやくとチビと間を取った。

チビは信太郎に抱かれたことがない。辛うじて撫でることは出来たが、抱き上げることが出来たのは祥子だけだ。

 信太郎はこの猫がやっぱり祥子の猫であることを思い知る。

「分かったよ。済まない。だけど、下郎はないだろ、下郎は」

 と、信太郎は少し文句を言った。

『いきなり抱こうとするからだ。そんなのはエチケットに反する』

 チビが再びテレパシーで信太郎に答えた。

 信太郎は最初言い難そうにしていたが、仕方がないと昨日の昼間のことをチビに話した。

『母上が死んだ・・・? 自殺しただと?』

 チビは落ち込んだように見えた。

「猫にも死という概念はあるのか・・・」

信太郎が呟く。

『当たり前だ。永遠のお別れだ。我らは人ほどには引き摺らないが、この件には少々疑問が残る』

 チビがそう言った。

「疑問? どういうことだい?」

信太郎が答える。信太郎とチビに会話が成り立ちかけていた。

『母上が自殺などするはずがない』

 チビが言った。それには信太郎も同意だった。

 祥子は中堅精密機械メーカーで役員秘書をしていた。仕事は順調だったはずだ。会社で問題があったなんて聞いたことがない。

 もちろん私生活でも問題などあるはずがなかったのだ。

 それなのに警察は祥子が会社のビルの屋上から飛び降りたと言うのである。

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