第12話 企業承継
まず興信所の資料などがないか、信太郎は祥子の荷物を探した。だが、何一つ出てこなかった。興信所の名刺ひとつ残っていなかったのだ。
サビーヌの言うことは本当なんだろうか。だが、それを疑うことはもはや信太郎には出来なかった。
半分悔しさもあったのだが、猫のサビーヌと祥子との絆は本物だった。認めないわけにはいかない。それに引き換え、自分はいったい・・・。祥子とは本当に心が繋がっていたんだろうかと不安に思う。
「スマホの中か・・・」
信太郎がやっと思いつく。以前チラッと聞いたことがあった。名刺管理アプリだ。祥子はそれを使って名刺を管理しているはずだ。
そして紙の名刺は残していないのだろう。
それで信太郎は堂上へ電話を掛けた。
「申し訳ないが、スマホは証拠品でお返しするわけにはいきません」
堂上のつれない返事。
「ならば見るだけでも」
「今や殺人事件の遺留品です。部外者に見せるわけにはいかないんですよ」
電話の向こうで堂上が申し訳なさそうに言った。警察のことだ、すでにロックは解除しているのだろう。名刺管理アプリの存在は分かっているはずだ。
信太郎はおとなしく電話を切った。実は三浦芳信に関する重大な情報はまだ警察に話していない。
自分が何を探しているのか警察にバレては困ると思った。
祥子が三浦芳信という実の弟を探していた。その理由も分からないまま、警察には話せない。信太郎はそう考えていた。
ところが電話を切った途端に堂上からコールバックが来た。
信太郎は声を上げてスマホを取り落としそうになる。
「ど、ど、どうしたんですか?」
信太郎は慌てて電話に出た。すると、
「須合さん、大変です。大島智が急死しました」
「大島社長が・・・、亡くなった?」
「急病のようです。今連絡が入りました。詳細は不明ですが、遺言状があるのかどうか。事と次第ではまた何か起こるかも知れません」
堂上はそう伝えると電話を切った。
「ありがとう」
切れた電話に信太郎は返事をしていた。
雑賀王彦は大島精機の役員応接に1人でいた。柏木秘書に通されたものの、柏木も出て行ってしまって20分ほども経過している。
「どうしました?」
王彦が出た電話はくららからだった。
「まだ会えないの?」
「ああ。秘書も出てったきり帰って来ない。社内は騒然としてるよ。まあ、一般社員には何の関係もないようだが。そんなものだろう」
「あのね、技術本部長の奥さんなんだけど、祥子さんと接点があったわ」
「どういうこと?」
「ウチの上得意だったの。大島美代子さん。さっき店で確認したんだけど、祥子さんを連れて店に来たことがあった。しかも接客した店員の話だと美代子夫人が祥子さんに服を選んでたって」
「親しかったってこと?」
「店では母娘みたいだったって」
「うーん」
王彦が電話に向かって唸った。
「須合祥子は大島家とは全面対決ではなかった、ということか」
「敵味方って単純な構図じゃないんじゃないかな」
そこまで話したところで柏木が戻ってきた。それで王彦は電話を切ると席を立った。
「専務が10分だけお会いするそうです」
柏木秘書が言った。
「専務室へお越し下さい」
柏木秘書は言いながら応接室のドアを開けた。柏木に従う王彦。
「どうも。明日が通夜で明後日が告別式になります。社葬にします」
専務室に入ると大島専務が早速話し出した。
「で、承継問題は?」
王彦がビジネスライクに聞く。
「それは社葬が終わってから。滝口先生とはさっき話しましたが、遺言状はないようです。なので、まずは承継を発表します。それからでしょう、相続問題は。ただこっちもすぐに片は付くと思いますよ」
「遺言状は本当にないんですか・・・?」
「ええ。滝口先生はそう言ってました。作っておくように勧めてたそうですが、今日明日のことではないだろうと・・・。親父もまさか突然死ぬとは思ってなかったんでしょう」
王彦は弁護士の滝口に会ってみようと思った。いつも周到な智翁が遺言を残していないことが引っかかったのだ。
「そうですか。それで専務が社長昇格することについては?」
「ご忠告に従って約款改定してあります。親父の死と同時に自動的に私が暫定社長となります。正式には臨時役員会で決定します。最終的には臨時株主総会の承認が必要ですが、ウチの場合問題ないでしょう」
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