第6話 警察が腰を上げる

 管轄警察署の受付で信太郎は揉めていた。そもそも未だ事件化していない案件だ。担当刑事というのもいなかった。

 もちろん捜査本部などもない。制服警官が主に調査し、報告書を上げたところで決裁待ちとなるはずだった。

「昨日の大島ビルでの事件です。誰か担当の人はいないんですか?」

 信太郎は受付にいた制服女性警察官に声を荒げた。

「済みませんが担当部署は今全員出払ってて。よろしければあとで110番通報していただいた方が速いかと・・・」

 受付女性警察官が言った。

「ふざけるな! 妻は、妻は殺されたのかも知れないんだぞ。その証拠があるって言ってるのに、どうして110番だなんて!」

 女性警察官の対応も拙かったが、信太郎は警察の緊張感のなさに愕然とした。

「どうしました?」

 そこへスーツ姿の男がこの揉め事に声を掛けてきた。

「堂上管理官」

女性警察官は右手を挙げて敬礼した。

「何があったんですか?」

 穏やかな物腰だ。

「こちらの方が、昨日の飛び降り自殺について、殺人の可能性があると仰ってて・・・。ですが、皆さん出払ってまして・・・」

 女性警察官が説明した。すると堂上管理官は信太郎の方に向き直った。

「・・・だから110番通報しろって言うんですよ」

 信太郎が思わず女性警察官の対応をなじった。すると堂上は女性警察官に尋ねた。

「君の所属は?」

「生活安全課の清水巡査です」

「清水巡査、警察署の窓口へ情報提供にいらした方にそんなこと言ったんですか?」

 堂上の目は鋭い。まだ若そうだったが、これがキャリアと言うやつなのかと信太郎は思った。

「いえ。ですから、その・・・」

しどろもどろになる清水巡査。ところがそこへ刑事と思しき男性が現れた。

「堂上警視正、何かございましたか?」

「大門課長。清水巡査が尋ねてこられたこの方に今は人手がないから110番通報しろと言ったとか」

 堂上がそう言うや否や大門は清水を怒鳴りつけた。

「ひい。ご、ごめんなさい」

「清水巡査。我々は秘密警察じゃありません。市民を守る警察です。生安課に誰かいるから代わって交番へ戻りなさい」

「警視、教育が行き届かず申し訳ありません」

 大門は堂上に謝った。大門の方が相当年長だと思われたが、階級は月とすっぽんなのだろう。信太郎はそう思った。

 だが一方で、益々はらわたが煮えくり返る思いをしていた。それで、

「中の教育問題は後でやってくれ。誰か僕の話しを聞いてくれ!」

と叫んだのだ。

 それで、堂上管理官と大門課長が信太郎の話しを聞くことになった。


「そう言うわけで、祥子の件は事件の可能性ありということで捜査本部が立つことになったんだ」

「にゃー」

 サビーヌが答える。

「にゃーだ?! せっかく僕が警察で交渉してきたのに。にゃーでお終いかよ」

 信太郎はそうサビーヌに吠えた。

「そうだ、司法解剖もやるって・・・」

 信太郎がそう付け加えると、またサビーヌはにゃーと鳴いた。そしてぷいとリビングを出ていってしまった。

「おい。サビーヌ。いや、チビ。何とか言えよ」

 信太郎がその背中に罵声を浴びせたがチビは知らん顔で行ってしまった。

 ひとりになって信太郎はまた寂しさがこみ上げてきた。

「祥子・・・」

ひとしきり咽び泣いてから信太郎はサビーヌを探しに行った。

 サビーヌは祥子の寝室にいた。いつも寝ていたベッドの上、祥子の寝ていた足下辺りにうずくまっていた。

 須合家では夫婦別寝室だ。お互い仕事を持っており、その方がゆっくり休める。そしてチビはいつも祥子の寝室で寝ていた。

 朝はチビが先に起き出すが、ドアレバーは簡単に開けることが出来る。家の中を一回りすると祥子の寝室に戻ってくる。当たり前だが、ドアを閉めることはしない。

 そしてそろそろ起きろと騒ぐのだった。ただ18歳を超える頃からは朝のパトロールはしなくなった。祥子が起きるまで一緒に寝ているのが常となっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る