第7話 生い立ち
「どうしたんだよ、サビーヌ」
信太郎が声を掛けた。
『うるさいな』
サビーヌの返事が信太郎の頭の中に返って来た。
『何で、母上が殺されなくちゃならないんだ?』
サビーヌが言った。そうストレートに聞かれて初めて信太郎も思いが到る。
「確かに。祥子が人に恨まれていた・・・?」
『警察が捜査したとして、その辺が分からなければ結局自殺で落ち着く』
「ううん」
サビーヌの言うことは至極尤もだった。信太郎も急に不安感を覚えた。警察が動き出して浮かれていた自分が情けない。
『強盗とか、そう言うんじゃないのは確かなんだ・・・』
言いながらサビーヌは起き上がる。
「ああ、会社の屋上に強盗は出ないな」
『となれば、恨みを買った? 母上が人に恨みを買うなんてこと・・・』
「考えられない」
サビーヌのテレパシーに信太郎が声に出して続けた。もし誰かがこの様子を見たら猫を見ながら独り言を言う変な人に見えたかもしれない。
だが、信太郎は真面目にサビーヌと話していた。サビーヌもベッドの上で座り直すと長い尻尾を、揃えた両脚の上に置く。話をしっかり聞く体勢だった。
「あのな、関係ないかも知れないんだが・・・」
信太郎が真剣にサビーヌに話を始めた。
「祥子は母子家庭で育った・・・父親を知らないまま母親の手で育てられたんだ」
『そんなことは猫の世界では普通だぞ』
「まあ、そうかも知れんが。人間の世界では大変なんだ。女手ひとつで子供を育てるってのはな」
『そうか、あの時母上の家に居た女か』
「あの時?」
『だから、あたしが母上に助けて貰った時だ』
「そうか、きっとそうだな。それが祥子のお母さんだろう」
『あの女、あたしを放り出そうとしたんだ』
「根に持ってるのか?」
『そう言うわけでもないが・・・』
サビーヌはちょっと小首を傾げる仕草をした。このスタイル、信太郎もしばしば見たことがあったが、こういう思考をしている時なのかと合点がいった。
「生活も苦しかったはずだ。その時はな。だから保護猫施設に預けたんだろ。捨てやしなかったじゃないか」
サビーヌは信太郎の言うことには反応しなかった。それでも信太郎は先を続けた。
「それでも祥子の母親は父親のことは何も語らなかったそうだ。ところが病気が見つかって自分の先が長くないと分かった。その時初めてお母さんが祥子の父親について話してくれたって」
『母上の母親はいつ死んだんだ?』
サビーヌが聞いてきた。
「ああ、確か、祥子が大学生の頃だったと聞いたことがある。祥子は奨学金とバイトで自立していた」
『母上、大変だったろうな・・・あたしはそんな母上の苦労を何も知らなかった』
サビーヌはそう言って目を瞑った。
「うん。その時には祥子の父親、大島
『その大島智は母上に援助をしなかったのか?』
「ああ。認知はしたものの援助はしなかったみたいだ」
『薄情な父親だな』
「ああ。だが、祥子も他人同然な父親に頼ろうとはしなかったんだろうな」
サビーヌは再び目を開けると信太郎を見た。
『何があったのかは知らない。母上が酷く泣いていたことがあった。あたしは母上の側にいて身体を擦り付けることしか出来なかったんだ』
「あれは自分の匂いを付けて安心するためだってネットに・・・」
『おまえは馬鹿か。もちろん匂いは大事だ、猫と猫を繋ぐものだからな。それは人に対しても一緒だ。だから我ら猫族は身体を擦りつける。でも、母上のようなごく近しい人にはそんな必要はない』
「そうか、祥子の匂いは百も承知ってことか?」
『そうだ。おまえの匂いは不安になるから自分の匂いを付けたくなるけどな』
サビーヌは前足の上の尻尾の先をパタパタさせていた。
「何気に酷い言い方だなあ」
『おまえは所詮途中から割り込んできた
「確かにな。当時は祥子のマンションに僕が押し掛けたからな」
信太郎は祥子と付き合いだした頃のことを思い出していた。懐かしい思い出だ。
ところがサビーヌが信太郎を怒鳴りつけた。
『おまえの思い出などどうでもいい!』
信太郎はドキッとして思わず胸を押さえた。
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