第8話 サビーヌの厳命
『その大島智というのが、母上が勤めていた大島精機の社長なのか?』
サビーヌが突然問い
「そうだよ」
『学生時代何の援助もしなかったそいつの会社で母上は何故働き出した? そして大島家と母上の関係はどうだったのだ?』
サビーヌが言い出した。
「いや、その辺のことは僕も祥子から詳しく聞いたことがないんだ」
『肝心な事を・・・』
「聞いちゃいけないことかと思ってて・・・ごめん」
信太郎は猫のサビーヌに頭を下げた。
『大島精機は同族会社だとか。一族が支配する会社で母上は何故・・・』
「サビーヌ、何が言いたい」
真顔になって信太郎がサビーヌにもの申す。
『大至急、大島家について調べろ』
サビーヌが言い放った。
「大島家? どういうことだい?」
『いいから調べろ!』
信太郎にサビ猫サビーヌの厳命が下った。
信太郎は会社に休暇届を出した。忌引きである。本来はせいぜい1週間だったが、何しろ祥子の遺体がまだ帰って来ないのだ。
会社もそこを承知して無期限の休暇を許してくれた。だけど・・・、
「どうしたらいいんだ」
信太郎は途方に暮れていた。
サビーヌから調べろと言われたものの、何をどうして調べたらいいのか見当も付かない。
「自分は捜査のプロじゃないからなあ」
と、そこへ電話が掛かってきた。堂上警視正からだ。
「ちょうどいいところに」
思わず信太郎が呟いた。
「どうかしましたか? こちらは昨日の単に確認なんですが・・・」
電話の向こうで堂上が聞き返す。
「あ、いえ。こちらのことで。その後捜査に進展はありますか?」
信太郎が尋ねる。
「まだ、これと言っては。申し訳ない」
堂上は本当に申し訳なさそうに答えた。それを聞いて信太郎も温かい気持ちになる。
「僕、ちょっと考えたんですが。祥子は、妻は何かに巻き込まれたんじゃないかと思うんですよ・・・。祥子自身が誰かの恨みを買うなんて考えられなくて」
信太郎は率直に堂上に聞いてみた。
「巻き込まれた?」
堂上が聞き返す。それで信太郎はこう頼んでみた。
「警察の方で大島家について調べていただけないでしょうか?」
何しろサビーヌの命令だ。何とかしなくては
サビーヌは本気で自分の母親の仇を討ちたいと思っているのだ。
「大島家というと、大島精機社長の?」
「いえ何か確証があるわけじゃないんです。ただ、妻は社長大島智の娘ですから」
「なんですって!?」
ところが電話の向こうから堂上の大きな声が聞こえてきた。
「え?」
「奥様は大島智社長の娘さん?」
「ええ。そうです。腹違いですけど」
「腹違いの娘だと」
警察はまだここにまでたどり着いていなかったのだ。信太郎はまたしても警察の緊張感のなさに腹が立ってきた。
確かに堂上は信太郎の言葉に耳を傾け、捜査を始めてくれた。だけど、このスピード感のなさは何なんだ。そんな思いだった。
ところが、
「渋谷にあるセントラル・ファッションという会社の社長法条くららさんを訪ねてくれ。私から連絡を入れておく」
堂上はそう言うと一方的に電話を切ってしまった。
「もしもし? セントラル・ファッション? 何それ?」
信太郎は独り言を呟くとセントラル・ファッションを検索してみる。本社所在地が分かった。
「お待ちしておりました」
店舗とは反対側の通用口を入ると電話台があった。受話器を取って名前を名乗ると、そう返事が返ってきたのだ。
すぐに女性が降りてきて信太郎を社長室へ案内した。
「堂上さんから聞いています。あなたが須合祥子さんのご主人・・・ですか。この度はお悔やみ申し上げます。とは言え、殺されたとなると悲しんでいる場合じゃないですよね。犯人を挙げなければ」
セントラル・ファッション代表取締役社長の法条くららは思いの外若くて美人だった。
自分より若いんじゃ・・・、信太郎は法条くららの容姿に見惚れながら考えていた。
「どうかされましたか?」
くららが信太郎にソファを勧めながら言った。
「セントラル・ファッションのことはさっきググって知りました。年商2億だとか」
くららはソファに掛けると足を組んだ。はっとする信太郎。
「この女が社長か? まだ若いんじゃないか? って、とこでしょうか?」
くららが信太郎の心の中を見透かしたように言ってきた。
「い、いや。そんなことは・・・。堂上管理官から突然言われて・・・、それで、その」
信太郎は明らかに動揺していた。
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