第42話 サビーヌの暗号解読
「いや、サビーヌの言いたいことは分かる。だけど、今は先入観なしに暗号を分解していこう」
信太郎はそう猫に反論すると暗号文が書かれた日付とその日の祥子の予定内容などを伝えた。
「どうだ? 何か思い出さないか?」
『そう言われてもなあ・・・』
サビーヌが首を傾げる。
「しばしば出て来るⒼとかⓂとか、これは何を指すんだろう。構造から言って主語だと思うんだが」
信太郎が暗号文を読み上げながらサビーヌに尋ねた。
『ああ、それは母上に聞いたことがある』
「本当か?」
『丸ジーに丸エム、それに丸イー、それに確かジーエム。そうだ、オーというのもあった』
信太郎の顔が輝く。
「それだ、それ」
『ジーは・・・ない』
信太郎がガクッと足を踏み外しそうになる。
「なんだよ、サビーヌ」
『ジーはないんだよ、確か。あるのはジーエム。これは貞夫を指してる』
「大島貞夫がGM、イニシャルならSOだと思うがな」
『で、オーが刑部。イーオーが大島浩一のことだ。間違いない』
「そうか! ゼネラルマネージャー、本部長か!」
信太郎が思わず叫んだ。役職名だった。祥子が今関係のある役職者名なのだ。信太郎は英語の辞書を持ち出した。
「オーというのはオフィサー。一般的には常務だ! イーオーはエグゼクティブ・オフィサー、つまり専務か」
『英語はよくわからん』
とサビーヌだ。
「ならただのエムは、マネージャーで部長だ。向山さんてことはないだろうな。やっぱり佳那か」
『あとな、ハートマークとスペードマークがあるだろ。スマホの記号だ。あれはハートが女、つまり奥さんとか娘とか、女性親族を指している。スペードは男性だな、こっちはあまり聞かなかったが』
サビーヌが解説をまたひとつ加えた。
「ならこれは・・・ⒼⓂ♡→帝都興信🙌 L24、大島貞夫本部長の奥さん美代子が帝都興信サービスを・・・う〜ん、分からん」
信太郎は唸りながらプリントアウトした紙をサビーヌに見せたが、
『あたしには読めない!』
そう言われてしまった。
「このバンザイの絵文字は何を表すんだ? サビーヌ思い出してくれ。祥子は何を考えながらこの絵文字を打ったんだ?」
するとサビーヌが髭をヒクヒク動かしながら答えた。
『インチキ手話だ』
「な、何だよそれは?」
と信太郎。
『母上は絵文字の手の形に自分なりの意味を持たせていた。本来の意味に関係なく。自分の感覚だな』
「うん、うん」
『バンザイの手の格好はお手上げ。よく分からない。変なの? みたいな意味で使ってる』
サビーヌの解説で、祥子が帝都興信サービスを美代子から紹介されたが、なんか変だなあ、と思ったことが分かった。
「じゃあ、L24はなんだろう?」
『おまえなあ、全部あたしに聞くのか? 少しは自分で考えろ』
「そう言うなよ」
信太郎には今やサビーヌだけが頼りだった。切実な「そう言うな」だったのだ。
『数字はだな・・・音のニュアンスだ。そうだ、母上はよく言葉を数字に置き換える遊びをしていた』
サビーヌがそう言った。その言葉に信太郎は何かを思い出した。だが、それがはっきりしない。
「何だったか・・・」
『どうせ分かんないんだろ。例えば22と書くとニャンニャンで猫全般を指す。場合によってはあたしのことを指すこともあった』
サビーヌにそう説明を受けて信太郎にも了解できた。
「おまえの診察券番号! 25326だ!」
信太郎はそう叫んだが、サビーヌには分かるはずもない。
「すごうさびーぬの苦しい語呂合わせだ」
だが、そうなるとこのL24はどういう意味なのか。
「語呂合わせか・・・待てよ。24、にし? Lはなんだ? ラージか! ラージ24で大西!! ぎゃははは! 祥子最高!」
信太郎が大笑いしながら言う。だが、言った後何故か涙がこぼれた。
するとサビーヌが信太郎に変わって祥子の書いた暗号文、ⒼⓂ♡→帝都興信🙌L24を解読して見せた。
『カレンダーのこの日に母上は貞夫本部長夫人から芳信探しの依頼を帝都興信サービスに変えるよう言われたが、何か変だなと思った。担当は大西、という意味になる』
「その通りだ、サビーヌ凄いぞ」
こうして信太郎とサビーヌは夜を徹して祥子の残した暗号を解き明かしていった。
日付が分かることですぐに意味が理解出来る暗号も多かった。大島家の事情がよく分かった今だからだ。
暗号文は10ヶ月間に151個が残っていた。ただ、より機密度の高いことというサビーヌの予測は微妙な結果になった。
帝都興信サービスのようにプライバシーと言うより自分の感想のようなことも多かったからだ。
その中でどうしても意味の取れない暗号がいくつかあった。それはここ1ヶ月以内に書かれた物が多い。
最も単純なもので、「♡♤ ♡」と言うのがあった。女・男・女? これはどういう判じ物なのか。ただこの3つの記号だけが並んでいた。
また「🦏DNA」というのも意味が取れなかった。動物の絵文字サイにDNAとは? DNAはそのもの遺伝子のこととも思えない。
だけど、祥子の身に危険が迫るような内容はどこにも見当たらなかった。
このスマホにも普通に文字で書かれたメモも多くある。暗号も含めて、殴られたという佳那について悪く言っているところはなく、むしろ愛を感じさせる記述が多かった。
「Ⓜ🫶🎂」はマネージャーつまり大島佳那広報部長、そして手で作るハートマーク、バースデーケーキ」である。
不思議なことに大島佳奈の誕生日とは全く関係ない日付に書かれている。
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