第50話 猫と追憶の回旋曲 その3

 言ってから、僕は思わず口を手で押さえた。


 本当に自分で自分のことがわからない。僕は何を言ったんだ? 友達になってほしい? 誰に向かって? いや、誰に向かってだとしてもそんなことを言うべきではない。


 何でだ?


 どうして、こんなことを言ってしまった?


 わからない。


 唐突に、ふと心が突き動かされてしまった。理由付けするのであれば、六条飾の一言だろうか。


 仲良くない女の子。


 そう言われて、現実での自分の立ち位置をわからされて納得できなかったということか。ふと、言葉が漏れてしまった。欲が出てしまった。


 せめて友達になりたいと。


 しかし、友達なんてなってくださいとお願いしてなるものではない。普通の場合でいえば、自然と成り行きでなっているものだ。


 知らない男子に、急に友達になってほしいと言われたら気持ち悪いと思うだろう。


 やってしまった。


 今日、僕は何をやっているんだ。失敗ばかりで、思う通りにいかなくて、そのうえ自分の気持ちまで制御できなくて。


 パニックになって足を止めた僕の方を、六条飾は少し進んだところから振り返る。


 嫌悪の感情はない。そのことに僕は一つ安堵する。もしも、六条飾から嫌われたら、僕はそのままショックで死んでしまうかもしれない。だからといって僕の吐いた言葉が消えたわけではなく、彼女からのリアクションはある。それ次第で、まだわからない。


 六条飾は、別に困ったふうな様子もなく、うーんとかわいく唸った後に、腰に手を当てた。


 

「もう、何言っているの? 猫を一緒に助けたんだよ」



 そう言って、六条飾はにこりと笑った。



「私たちはとっくに友達でしょ」



 その仕草は、あまりに妖艶ようえんで、男をとりこにする夢魔むまのようで、頭を溶かすほどに蠱惑的こわくてきだったけれど、一方であまりに完成されており、機械じみており、判で押したかのように作りこまれていた。


 何の変哲へんてつもない、作り笑顔。


 誰にでもふりまくその笑顔は、言ってしまえば無表情よりも距離を明らかにしていて、友好的な言葉とは裏腹に、きっかりと僕と六条飾の間に線を引いた。


 これが僕と六条飾の距離感。知っていたけれど知りたくなかった、僕と彼女の人間関係。


 

「そうだね」



 僕は、できるだけ笑顔で応じた。


 太陽が少しだけ傾いて影が長く伸びる。土色のそっけない道の上に、まだらに木陰が落ちる。風が吹く度に揺れる幾何学模様が、今の僕の心の中を投射しているかのように思えて、少しだけおかしかった。


 陽だまりの中に立つ彼女。この先、彼女との距離が縮まることはないのだろう。住む世界が違う。君のことをいくら好きになろうと、この線からそちらに渡れない。これを恋というのであれば、それはあまりにも残酷で。



 それでも、僕は君のことを――

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