第13話 僕の六条飾日誌 その2


 学校に着くと、僕は六条飾りくじょうかざりの後を追って教室の方へと向かう。


 校舎内は入り組んではいるものの、廊下は長く一本道で遮蔽物がないため、みつからないように注意が必要だ。


 ただ、六条に関しては、さほど気を張る必要はない。一人でいるときの六条は、祐太郎のことで頭がいっぱいで、周りにあまり興味を示さないからだ。たかがクラスメイトである僕など、こんな早朝であっても目に留まらないだろう。少し悲しくはあるが。


 さて、教室に着くと、すぐさま六条の朝のが始まる。


 祐太郎の机とのからみ。六条のそのお楽しみを、僕はなるべく見ないようにしている。まず、六条は自分の乱れた姿を見られたくないだろう。それに、好きな人と別の男との情事をながめているのは、いささか不愉快ふゆかいでもある。


 いや、男ではなく、男の机なんだけど。


 六条の幸せは僕の幸せ。その言葉にいつわりはない。彼女が、別の男子をいているのならば応援しよう。でも、同時に不快感を覚えてしまう。どうして自分ではないのかと、そう思わずにはいられない。


 この二つの相反あいはんする感情に、僕はすでに折り合いをつけている。


 だから、目をそむける。


 それが、折衷案せっちゅうあん


 六条がお楽しみを終えるまで、僕は教室に誰も近づかないように見張っている。


 ときおり、興奮して六条は声をあげたりするものだから、さすがにヒヤッとする。見守る僕としては、できればもう少しおしとやかに願いたい。


 一通りお楽しみが終わり、六条が教室を出て行った後、僕は入れ替わるように教室に入る。


 朝の僕の最も重要な役割は、見張りではない。


 後始末だ。


 教室に入るとすえた匂いがする。整然としていた机が一部乱れていた。祐太郎の机とその周囲。何やら獣が暴れたような状態になっている。まぁ、性欲に溺れた獣が暴れたといえばその通りなのだけれど。


 そう、六条は、楽しんだ後、何の後始末もせずに教室を出ていくのだ。


 いや、多少は直していく。しかし、痕跡こんせきは明らかに残っており、僕から言わせれば、何もしていないと同じである。


 僕は、まず窓を開けて空気を入れ替える。それから、机とイスをきれいに整理整頓してから、ウェットティッシュで、祐太郎の机の上をきれいにく。


 このとき、僕には一つの試練がある。どうしてもき起こってきてしまう気持ちとの格闘だ。



 めたい。



 この机を、先ほどまで六条が舐め回していたのだ。まだ彼女のよだれが残っている。今、ここに舌をわせれば、僕は六条を体感することができる。


 ごくりとつばみこむ。


 どうして人は好きな人への性欲を抱いてしまうのだろう。ただ純粋に愛したいのに、溢れるこの情動だけはどうしても抑え込むことができない。理性で捨てても捨ててもまた注ぎ込まれ、溢れて、胸の奥でどくんどくんと脈打つ。


 僕は、胸の内をばたばたと暴れまわる性的欲求をなんとか抑えつけ、ウェットティッシュでただ黙々と机を拭く。


 このウェットティッシュを食べてしまいたいと思うほどに、僕は六条を愛しているが、だからこそ、彼女に対して不実であってはならないと自重する。


 もったいないと思いつつも、ウェットティッシュはゴミ箱に捨てるのだ。


 はぁ、とため息をついてから、僕は六条を追って、グラウンドへ向かう。

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