第14話 僕の六条飾日誌 その3

 他のクラスメイトが登校し始めれば六条はおとなしくなるので、僕がやることはほとんどない。


 というよりも、公的には、僕と六条の間に何の接点もない。一応、同じクラスメイトではあるのだけれども、一言二言話したことがある程度だ。おそらく、六条は、僕の名前も覚えていないだろう。


 ただ、視界にはわりと頻繁に入っている。それは間違いなくて、その理由は単純で、ちょうど僕に話しかけてきたこのサッカー部員のおかげである。



「なぁ、恒平こうへい、数学の宿題やったか?」


「うん、やってきたけど」


「わりぃけど見せてくんねぇ? 俺、今日、黒板に解答を書く担当なんだわ」


「仕方ないな」



 六条とは面識がない。しかし、祐太郎とは、宿題の見せ合いをする程度に仲が良かった。


 いや、正直に話せば


 六条が祐太郎のことを好きなのは明らかだ。そこで、僕はできるだけ彼女の視界に入るように、祐太郎と友人関係を築いた。


 サッカー部で顔もいいスクールカースト上位の祐太郎。彼と友達になるのは、けっこう骨が折れたが、彼の好きなソシャゲをやり込み話題を合わせることで、なんとか取り入った。


 こう言ってしまうと簡単なように思えるが、実際のところかなり苦労した。そもそも僕は社交性があるタイプではない。もう少し対人関係が得意だったら、そもそもこんなに卑屈ひくつな男になっていないだろう。いや、卑屈な性格だから対人関係が苦手なのか。それは卵が先か鶏が先かの話だと思うけど。


 最も簡単なのは祐太郎の子分になることだった。スクールカースト上位である祐太郎には、その恩恵にあやかろうと子分のように集まる友達(?)が何人かいる。そうなるのは簡単だが、それでは祐太郎の行動をコントロールすることができない。子分はあくまで子分。僕は祐太郎の友達になって、彼の行動をある程度制御したかった。


 そのためには、彼に勝つものが一つでも必要だった。そうすることで対等の関係を築ける。そこでソシャゲをやりこんだ。課金だけでなく、裏技などを調査し、攻略サイトを運営できるくらいに詳しくなる。そうすることで、祐太郎から一目置かれる存在になった。


 もう一つは互恵関係。


 お互いに利益を得るという関係は、信頼感をアップさせる。そこで僕は、よく祐太郎に宿題を写させてあげるようにしている。彼はサッカーに能力を全振りしているので、勉強はまったくだめ。僕も得意ではないが、宿題は勉強ができなくたって時間さえかければできる。


 一方で、祐太郎からはエロ本を借りた。正直、知らない女の裸体にあまり興味はないのだけれど、彼から利益を得る格好をする必要があった。さらに秘密の共有というのは親密さを感じさせるのに効率的だ。


 そんなかんじで、僕は祐太郎の攻略に成功していた。


 え? その調子で六条も口説けばいいのではないかって?


 それは愛というものを何もわかっていない人間の言葉だ。僕が祐太郎に対して行ったのは打算的なコミュニケーション。これは相手のことをどうとも思っていないからできること。大切な人にはできやしない。


 だから、六条に対しては絶対にできない。


 僕にできることといったら、祐太郎に向けられている視線の切れ端を受け取るくらいのことだ。祐太郎と話していると常に六条の視線を感じる。当たり前だ。六条は、ありとあらゆる方法を用いて、祐太郎を見ようとしているのだから。


 とはいうものの、六条の目には、祐太郎しか映っていないだろう。視界には僕もいるはずなのだが、六条の脳みそには祐太郎の姿しか投影されない。


 それでもいい。


 好きな人を見守って彼女が楽しんでいるのであれば、僕としてもうれしい。


 ただ、ほんの少しでも好きな人の視線に入っていたいというよこしまな心があるのも事実。そこまで欲張っているわけではないのだから、このくらいは許してもらいたい。


 

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