第25話 六条飾の恋敵 その6

「ねぇ、笹木森ささきもりってさ、人のことを好きになったことある?」



 放課後の教室で、立花はそんな青春っぽい質問、いや、アオハルど真ん中な問いかけを恥ずかしげもなく口にした。



「え? そんな話してたっけ?」



 僕が当然の返答をすると、立花はため息をついた。



「もう、ノリがわるいな。そんなんだからモテないんだぞ」



 うっせぇ。



脈絡みゃくらくがないことを言うから困ったんだよ。今、僕が、君に質問していたはずだ。どうして、湯川先輩と別れたのって」



 実のところ、そんなことは知っている。


 湯川先輩が飽きたからだ。彼は病気なくらいに女癖おんなぐせがわるく、一人の女でとどまることがない。立花と付き合っていた際も、すぐに別の女、ここでは目黒先輩であるが、彼女に目移めうつりしてしまったわけである。


 そこからは典型的別れパターン。土日の予定が不自然に合わなくなり、何かしらの悪電波を発生させる呪いにかかったのではないかと心配になるくらい連絡がつながらなくなる。


 晴れて、立花と湯川先輩は破局し、今にいたる。


 そんなことは知っているし、どうでもいい。


 僕は、前振りをしようと思っていた。いきなり湯川先輩が寄りを戻そうとしてきても、なかなかうまくいかない。


 しかし、立花の方で湯川先輩への心残りを刺激してやり、なんとなく頭の中に浮かべておけば話はスムーズに進む。


 『私はまだ湯川先輩のことが好きなんじゃないだろうか』と思い始めたところに、二股ふたまたがバレて落ち込んでいる湯川先輩が訪れる。


 弱った男は色っぽいものだ。


 彼を支えてあげられるのは自分しかいないという錯覚が、恋心と相乗効果を発揮して一気に燃え上がる。


 そこまでいけば、作戦は成功である。


 ゆえに、僕は湯川先輩のことを想起させる話を立花に振ったわけなのだが。


 何で僕の話になっているのかな。


 この辺り、コミュ障の僕にはなかなかハンドリングしきれないところである。相手は格上。コミュ力と乳袋だけでのぼり詰めたような女。下手に誘導しない方がよさそうだ。


 僕は、悩むふりをして適当に言葉をつくろった。



「今はしていないけど、恋をしたことはあるよ」


「え!? どんな相手?」


「何事も一生懸命な子かな。がんばっている姿に一目惚ひとめぼれして」


「へぇ、いいじゃん。告白はしたの?」


「ううん。その人には好きな人がいたから、告白はしなかったんだ」


「なーんだ。ていうか、そんなの関係なくない? 好きだったら、とりあえず好きって言えばいいのに」


「好きな人がいるのに、告白してもだめでしょ」


「そんなの関係ないじゃん。好きって言うのは自由なんだよ。その気持ちを受け入れるか受け入れないかを決めるのは相手の自由だけどね」


「そういう考え方ができるのは、立花さんが自分に自信があるからだよ。僕なんかが告白したらいい迷惑だ」


「僕なんか、ね」



 立花は、僕の発言を鼻で笑った。



「いるよね、自己評価の低い奴。はっきり言って何様なにさまってかんじ。それを決めるのは、笹木森くんじゃないでしょ。あなた、神様なの? どうして相手の気持ちを勝手に決めちゃうわけ?」


「ひどい言われようだね」


「言われるようなことを言うんだもの。相手の気持ちなんてわからないでしょ。だから、告白して確かめるの。だめでも、何度もアプローチする。そうやって初めて、相手の気持ちが少しだけわかるんでしょ」



 そんなことしなくてもわかるよ。


 と言ったら、立花は、またあきれるだろうか。



「怖くないの?」


「そりゃ怖いわよ。だけど、そうしないと始まらない。ただ、好きだって思っていても、念じていても、見つめていても、気持ちは伝わらない。ちゃんと目を見て、言葉にして伝えないと」


 

 始まらない。



 立花は、にかっと笑った。


 やはり、すごいなと僕は素直に感心した。こんなふうに、率直そっちょくに自分のことを評価して、怖くてもひるまずにチャレンジできる彼女が輝いて見えた。


 さすが、スクールカースト上位。いや、こんな性格だから、スクールカースト上位に上り詰められたのか。


 たぶん、立花の方が正しい。


 真っすぐで、王道で、正常だ。


 けれども、僕にはできない。僕にはその道を歩めない。それどころか、立花の進む道をはばまなければならない。彼女の後ろ髪をひっぱり、足をひっかけ、地べたに転がさなくてはならない。


 たとえ、それが間違っていたとしても。


 だから、僕は、にこりと笑って、そうだねと応え、再度、立花に尋ねた。



「で、どうして、湯川先輩と別れたんだい?」

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