第26話 六条飾の恋敵 その7

 すったもんだあって、なんとか舞台は整った。


 シナリオは、こうである。


 週末の土曜日。サッカー部の練習試合が行われる日。試合が終わったころで、立花は祐太郎に告白するというのが表向きの計画である。


 しかし、ちょうど練習試合が終わるころ。さすがの立花も緊張して胸がどきどきしているころ。その胸の高鳴りを聞いてか聞かずにか、一人の男がふらふらと通りかかる。


 湯川先輩である。


 湯川先輩は、グラウンドの近くに呼び出されている。待っているのは、目黒先輩。彼女は、浮気相手との逢瀬おうせの写真を片手に仁王立ちしている。


 まぁ、別れ話となるわけだ。


 できれば、派手に喧嘩別れしてほしい。湯川先輩がぼこぼこにやられて、心身共に弱った状態を作り出したい。


 目黒先輩にこっぴどくののしられた後に、湯川先輩は、立花に出会うわけだ。


 偶然に。


 運命的に。

 

 機械仕掛けに。


 立花は、ここでどう思うだろうか。今から祐太郎に告白しようとしたところに、弱った元カレが現れたら。


 今、この瞬間のどきどきが、いったい誰に向けられているのかわからなくならないだろうか。


 いや、そうなってもらわなければ困る。


 そう勘違いするように、さんざん伏線ふくせんを張ってきた。湯川先輩の話を持ち出し、まだ未練があるように信じ込ませた。


 実際のところ、立花にはまだ湯川先輩への未練があった。そもそも、湯川先輩の方から別れようと言ってきたのだ。


 まだ立花は納得していない。


 気持ちのベクトル的にも、さほど不自然ではない。むしろ自然。少し地面を掘ることで川の流れを変えようとしているだけ。


 まぁ、湯川先輩の浮気相手とは切れていないので、仮に立花と湯川先輩が付き合ったとしても、その後、こじれるだろうが、それは二人にお任せしよう。


 彼らが寄りを戻してくれればそれでいい。


 あとは、好きなだけにゃんにゃんちゅんちゅんしてくれ。


 さて、問題なのは、立花が、湯川先輩になびかなかった場合だ。


 その場合、祐太郎には眠っていただくこととなっている。


 どこぞの少年探偵のように即効性の麻酔針なんてものを持っていないけれど、普通の睡眠薬程度ならば手に入れることができる。


 事態がうまく進行しなかったときは、祐太郎のボトルを入れ替えて睡眠薬を飲ませて眠らせる。そこで、僕が祐太郎の親に連絡するか、先生に自宅まで送るように頼めば、立花の告白を阻止できる。


 阻止というより延期。


 ただの時間稼ぎであるが、僕にもセカンドプランを実行する猶予ゆうよが与えられる。


 できれば、仕切り直すことなく、今回で成功してくれることを願うが。



「さて、うまくいくだろうか」



 なんて呟いて、フラグを立てたのがわるかったのかもしれない。いや、わるかったのだろう。言霊ことだまとは、あな恐ろしい。


 布石はあった。


 布石というには、あからさまで予定調和過ぎるが、僕は前兆を既に認識していたし、こうなり得ることを知っていた。


 ただ、そのときが、こんなに早く訪れるとは思わなかったのだ。


 事態は一見、僕の思い通りに進行する。


 サッカー部の練習試合がそろそろ終わりそうな夕暮れ時のこと。夕陽ゆうひで赤く染まったグラウンド、そこで走り回る祐太郎の姿を目で追いながら、立花はきたる時を待っていた。


 試合終了のホイッスルが鳴る。あとはグラウンド整備を終えれば、そのときは来る。


 僕の期待は、その少し前。


 思惑通りに、湯川先輩が現れる。とぼとぼと歩いてくる湯川先輩の頬は張れており、服がところどころ破けている。


 どうやら想像以上にやられたようだ。これだから、女という生き物は恐ろしい。


 ただ、条件は整った。


 タイミングもばっちり。


 僕は、湯川先輩の登場を確認したところで、半ば作戦の成功を予期していた。


 しかしながら。


 ふと、夕陽の緋色ひいろが風に揺れたとき、僕は違和感を覚えた。あまりに突然のことで、僕は、一瞬、何が起きたのか気づかなかった。


 影が一つ消えたのだ。


 先ほどまであった長ったらしい影が、湯川先輩に気を取られたほんのひと時の間に、忽然こつぜんと失われた。


 そんなはずはない。


 いや、そんなはずがないと思いたかった。


 しかし、僕は目の前の事実を認めなければならない。僕にとっての重要人物が姿を消し、そして、その理由に僕は心当たりがあることを。



「だぁ、くそ! さすがだよ! 六条飾!」



 六条飾が、立花律子を誘拐したのである。

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