第27話 六条飾の恋敵失踪事件 その1

 僕は、すぐに辺りを見まわした。


 グラウンドから少し離れたところ。立花は、そもそもサッカーの練習試合に興味がなかったようで、グラウンドの入口から少しれたところ、つまり、祐太郎に告白する予定の地点で心を落ち着かせていたのだ。


 夕暮れ時で、人通りの少ない場所。告白するには、絶好のポイントであると同時に、誘拐するにも最適なところ。


 僕は、道路の方へと向かった。


 すると、ちょうどタクシーが停車するのを目撃した。乗り込んだのは、黒づくめの女。日焼け止めにしては入念に顔を隠しており、大きなトランクケースを大事そうに隣に乗せていた。


 あれだ!


 他の者はどうかわからないが、僕には一目でわかる。背格好が明らかに六条飾だし、着ている服はすべて六条飾が所有しているものだ。


 特に、あのハリウッド女優がかけていそうな太い縁のサングラスは、最近、購入したもので間違えようがない。

 

 人一人が入りそうなトランクケース。


 まさかとは思うが。


 その中に、立花を詰めたのか?


 仮に詰めたとしても意識があれば、トランクケースの中で暴れるだろうから、タクシーの運転手が気づくだろう。何の反応もないということは、何かしらの方法で意識を喪失させたのだろう。


 スタンガン。


 まさか、使ったのか?


 市販のスタンガンは基本的に相手を失神させるほどの電力を有していない。そりゃそうだ。そんなものを流通させたら、犯罪を助長させてしまう。


 人を気絶させるようなスタンガンを入手するのは難しい、が、多少、改造してやれば不可能ではない。インターネットで調べれば、そのくらいの情報は得られる。


 ただ、六条には、そういった機器改造の基本的な知識がない。その上、あまり手先が器用とはいえない。無理に改造したら、人を殺しかねないぞ。


 立花、死んでないかなぁ。


 ゾッとするが、もはや、こればかりは天に頼み込むしかない。どうか、生きていてくれ立花。


 僕は、とっさに走り出すタクシーを追った。しかし、追いつけるわけものなく、タクシーはどんどん先に行き、見えなくなった。


 何をやっているんだ、僕は?


 こんなことしても意味がない。


 どうやら、テンパっていたようだ。冷静にてっしようと思っていたわけだけれども、予想外の事態にさすがに取り乱した。


 僕は、息を大きく吸って、バクバク鳴る心臓を抑えつけた。


 タクシーを追う必要などない。僕は


 最近、立花への工作にかまけていて、六条の見守りをおこたっていた。とはいうものの、六条の大きな動きぐらいは把握している。


 六条は、祐太郎のサッカーの練習を見守る時間を削減し、余った時間で、学校から20分ほど自転車で走ったところにある山に向かっていた。



『深い穴を掘らないと』



 六条の陽気な声が耳の奥で再生される。


 

「ったく! どこのヤ〇ザだよ!」


 

 いや、ヤーさんがそんなことしているのか知らないけど!


 今は、僕がやらなければならないことは迅速な対応。こうなる可能性は頭の中にあった。そうならないように動いたが、念のために対策は立ててある。


 僕は冷静にそれを遂行する。それが今のベスト。


 急いで、旧校舎の社会科準備室に向かう。休日なので鍵は開いていないが、そんなものはどうにでもなる。急いでいたので、旧校舎に入る鍵を半ば壊してしまったが、今はそんなことを気にしていられない。


 社会科準備室の奥に、バッグが隠されている。僕がもしものときのために用意しておいた荷物。いささか大荷物だが、僕は肩にかけて、急いで外に出た。


 学校の前を都合よくタクシーが通るわけもないし、タクシーを呼んでいる時間はない。僕は、駐輪場に走り、誰かの自転車を


 ホイールの錆びたママチャリを破壊せんばかりの勢いで、僕はペダルをこいだ。



「間に合え!」



 一刻一秒を争う。


 かかっているのは、立花の命。


 いや、本当ははどうでもいいのかもしれない。もちろん命は大事だ。でも、それ以上に。



「六条を人殺しにしてたまるか!」



 六条の不幸を排除すること。それが、僕の至上命題であり、生きる意味そのものなのだから。

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