第28話 六条飾の恋敵失踪事件 その2
間に合った。
と言っていいのか、わからないタイミングで、僕は現場に
山をしばらく
スコップを持った黒づくめの女。
彼女は、
「よし」
いや、よし、じゃないよ。
その下に埋まっているものを想像して、僕は、ゾッとせざるを得なかった。この女は、まことに自らの欲望に忠実だ。
本当に良い女である。
枝にかけたランプを取り外し、広げた器具類をまとめてリュックに仕舞い、六条は半ばスキップしてその場を去った。
「間に合えよ」
僕はスコップを地面に突き立てた。
一度、六条が掘り起こした場所なので、土自体は柔らかく、掘るのは容易であった。
しかし、深い。
掘っても掘っても土しかない。
いったいどれだけ深く埋めたんだ?
僕は、額の汗を
立花が、もしも生身で埋められていたとしよう。その場合、彼女は既に息をできていない。窒息してから、死に至るまでどのくらいの
六条が穴を埋めるのに10分程度。そして、僕が穴を掘り進めてから、また10分ほど。
それだけの時間を窒息状態にあって、人間は生きていられるものなのだろうか。
死んだかな。
いや、まだ可能性はある。僕は、その可能性に賭けて、土を掘って、掘って、掘り進めた。
僕の身体がすっぽりと土の中に入り込んだとき、ぷるぷると震える腕で突いた土が、妙な音を立てた。
カツン
硬い音が鳴る。その音が唯一の救いであった。僕はスコップで周囲の土を払いのけて、そして、そこに埋められていたトランクケースを確認した。
六条は帰るときにトランクケースを持っていなかった。
すると、どこか山の中に放棄したか、それとも、トランクケースごと埋めたかのどちらかだ。
後者の可能性の方が高いとは思っていたが、実際にトランクケースを発見して僕はホッとした。
だが、まだ安心できない。
立花は、学校でトランクケースに入れられた。そこからずっと密閉されていたとしたら、既にトランクケースの中に酸素はないだろう。
こればかりは、六条を信じるしかない。いや、僕が、愛する六条の思考をトレースできていることを信じるしかない。
六条は、埋める前に立花の様子を確認する。自分の成果を見るのだ。祐太郎に近寄る悪い女を払いのけた。これは祐太郎のためにやったこと。つまるところ愛の証明。その証を眺めることは、
トランクケースを開けていたならば、空気はそのとき入れ替わり、ぎりぎり間に合う。
かもしれない。
僕はトランクケースの周囲に足をつけ、そして、かちりと留め金を外した。このとき、ハッと気づいたのだが、もしも留め金に鍵がかけられていたら危なかった。
もちろん、工具は持ってきている。だが、かなりの大仕事となる。そんな時間はきっとない。
「生きていてくれよ」
僕は、両手を合わせて拝んでから、トランケースを開けた。
中には、制服を着た女生徒。手足を乱雑に折りたたまれ、まるでマリオネットのようにトランクケースの中に押し込まれている。
身じろぎ一つしない彼女は、暗闇の中で見れば、本当にただの人形のようで、もしくは――
――死体のようであった。
ごくりと唾を呑む。
どうにも手が震える。もしも、もしも、もしも息をしていなかったとしたら、ここにあるのは紛れもなく死体であり、僕は、今、同級生の死体を見ている。
背筋を汗が伝う。
まるで死神に、その白く細い指の爪先で、背中をなぞられているようであった。
いや、実際に死神が、鎌を首にかけているのは立花だろうが。
もう一度、両手を合わせ、拝み、祈ってから、僕は、彼女にライトを向けた。
ライトは、彼女の青白い四肢を
その明かりを上に向けると、彼女の寝顔が浮かび上がった。くるりと巻いた淡い色の髪は、
……息を、していない。
やはり、間に合わなかった? いや、まだ、そこまでの時間は経過していないはずだ。蘇生はできる。
しかし、こんな穴の中の狭いスペースでは、蘇生処置もできない。
僕は、トランクケースの中から、立花の手と足を出して、仰向けにする。
心臓マッサージか? いや、人口呼吸か?
僕は、立花の細い
パチ
――ようとしたとき、音が鳴ったかと錯覚するくらいに勢いよく、立花の目が見開かれた。
「え?」
突然の出来事に、僕は頭の中が真っ白になった。いや、突然の出来事は、既に起こり散らしているのだが、これはさすがに想定外であり、もはやどう反応してよいのかわかりかねたのだ。
混乱する僕をよそに、暗闇の中、僕に押し倒されたような姿勢で、まさに
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
立花の絶叫は、世界中に届くのではないかと思わるほど鳴り響いたが、そのけたたましさが生きていることを証明してくれていて、僕は、妙に安心したのだった。
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