第29話 六条飾の恋敵失踪事件 その3

「おい、黙れ」



 叫ぶ立花の鼻先に、僕はスコップを突きつけた。


 生きていたのはいいとして叫ばれるとうるさい。そもそも穴の中にいるせいで、わんわんと反響するし。



「何!? ここはどこ!?」


「黙れって言っているんだ。ここに置いていくぞ」



 僕が、さらに告げると立花はさすがに黙った。生きていたのだから、もう、ここに捨てていってもいいような気もするけれど、いや、それはさすがにかわいそうか。


 とりあえず木にくくりつけたロープを手繰たぐって、僕は穴からい出た。それから、立花に登ってくるように指示する。


 混乱しているのと恐怖しているので、立花はなかなかロープで登ってこなかった。いや、そもそも手に力が入らないのだろう。トランクケースに押し込められていたし、具合もわるいに違いない。


 僕は、立花の手を握って、ぐいと引き上げてやった。そんな怪力なわけでもないので、大根を引っこ抜くような態勢になってしまったが、まぁ、なんとかなった。



怪我けがはないか? どこか痛いところは?」


「え? 何もないけど。強いて言えば、身体がだるいっていうか」



 やはり酸欠ではあったのだろうか。


 ライトで適当に立花の身体を照らしてみたが、目立った外傷はないようだった。



「何があったか覚えているか?」


「それは私が聞きたいんだけど」


「僕も何が起きたのかをすべて知っているわけじゃないんだ。君が覚えていることを話してくれ」



 僕が催促さいそくすると、立花は頭をかきながらぽつぽつと話した。



「えっと、祐太郎くんのサッカーの試合が終わるのを待っていたら、後ろから名前を呼ばれたの。女の人の声だったわ。それで、振り返ったら、そこには誰もいなくて、代わりに首に何かが、腕? たぶん腕が、巻き付いてきて、それで苦しいって思って……、そこから覚えていないわ」



 ……六条の奴が、暗殺者として着実にスキルアップしているな。


 どうやら、スタンガンを使うのはやめたようである。おそらく、相手を気絶させる魔改造に失敗したのだろう。


 だから、締め落とすことにしたらしい。立花の証言から察すると、かなりうまく決まったようで、さすがと言わざるを得ない。柔道部に入れば、全国制覇も夢ではないのではなかろうか。


 まぁ、これで時系列はつながった。


 あとはこの後、立花をどうするかだが。



「ねぇ」



 僕が、立花の処遇しょぐうを考えていると、彼女の方から尋ねてきた。



「今さら、聞くんだけど、笹木森くんだよね?」



 その曖昧な問いに、僕は沈黙を返した。


 僕は、制服をジャージに着替えていたし、ニット帽とスカーフで顔をほとんど隠していた。最近、いくらか話す機会があったとはいえ、この暗闇の中で、目の前の男が笹木森だと判別するのは難しいはずだ。


 しかし、最近、わりとしゃべっていたのがあだとなった。立花は、どうやら僕の背格好と声で、ある程度、推測してしまったようだ。


 どうしたものか。


 僕は、少し悩んでから、立花に素朴そぼくに答えた。



「違う」


「え? いや、でも」


「僕については詮索せんさくするな。次に僕の素性を探ろうとしてきたら、穴に突き落として埋める」


「ひっ……!」



 おびえた悲鳴を出してから、立花は穴からなるべく離れるように、ずるずると移動した。


 あまり恐れられると、今後の対応が難しくなる。ただ、あんまり信頼されて、距離を縮められるのも面倒だ。


 難しいな。


 

「安心してくれ。僕の指示に従ってくれていれば、危害を加えたりはしない」


「ささき……、あなたの目的は何なの?」


「君を無事に家に帰すことだ」


「無事って、あなたが、ここに連れてきたんじゃないの?」


「違う。別の奴だ。僕は、君が誘拐されたのに気づいて、助けに来た、といえばいいのかな」


「正義の味方ってこと?」


「解釈は君に任せる」



 実際には、ある種のマッチポンプなのだが、まぁ、少しの好感度アップはわるくないだろう。


 

「今から、君を近くのバス停まで連れていく。そこからならば、家まで帰れるだろ。そして、風呂に入って飯食ってくそして寝るんだ。間違っても警察に連絡なんてするなよ。命の保証ができない」


「……わ、わかったわ」



 実際には、警察に連絡されたら、こちらはお手上げだろう。物的証拠が残り過ぎている。僕ができるかぎり回収するけれど、子供にできる証拠隠滅でごまかせる自信はない。


 

「君にとって、最善の行動は、今日のことを忘れることだ。何もなかったと自己暗示をかけ、明日は笑顔で登校し、無駄な学校生活を浪費しろ」


 

 これは本当。


 まぁ、誘拐とか箱詰めとか埋められとか、これだけのことがあって、忘れろなんて難しいかもしれないが。


 おそらく納得していないだろうが、立花は、何度も首を縦に振った。



「あと、もう一つ。これは君にとって最も重要なことだから、必ず実践しろ」



 僕は、立花に大事なことを告げた。



「祐太郎に近づくな」

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