六条飾と僕の恋愛事情について

第41話 愛とは何かについて語ろう

 愛した人に愛されたい。


 誰しもが思いえがく愛の形。多くを望んでなどいない。ただ一つ。ただ一人。愛した人、そのたった一人に愛してほしい。


 こんな些細ささいな望みがどうして叶わないのだろうか。いや、些細でないから叶わないのだろう。どんな大金を持っていようと、どんな地位や名声を得ていようと、愛だけは手に入らない。


 愛にだけは、かなわない。


 愛にとらわれて、人はどれだけの罪をおかしてきたのだろうか。どれだけの人を犯してきたのだろうか。誰も彼も、愛という純粋な動機に基づいているというのに、その成れの果てにあるのはおぞましい末路。


 愛がわるいのだろうか。


 愛というものがあるから人はおかしくなるのだろうか。だとすれば諸悪の根源は愛ということになる。愛さえなければこの世はもっと理知的であろう。誰も殺さないし、何も奪わない。その代わり、誰とも交わることもないのだろうけれど。


 僕は交わりたいのだろうか。


 いや、それはない。交わるというと肉体的な接触を想起させる。けれども、僕は六条飾と性的な関係になりたいと思ってはいない。いや、それはさすがに嘘だ。六条飾りくじょうかざりのことを性的に見ているし、彼女との営みを何度も妄想している。


 だとしても、実際にそうなりたいとは思っていない。


 なぜなら、そうなることが六条飾の幸せにならないとわかっているから。


 六条飾は堀沿祐太郎ほりぞえゆうたろうれている。


 僕ではない。


 六条飾が、僕のことを好きになってくれたらと願った日々もあった。だけれども、愛した人に愛されるというのは奇跡であって、望んでも叶わなくて、無理にねじまげようとすれば不幸を招く。


 だから、僕はもう望まない。六条飾に僕のことを好きになってほしいだなんて望まない。僕が望むのはただ一つ、愛する人、六条飾が幸せになること。


 六条飾がほかの人を愛するなら、それを全力で応援する。そう覚悟を決めた。


 だというのに、六条飾はいっこうに祐太郎と恋仲にならない。その理由は実のところわからない。祐太郎にほかに好きな人がいるというわけではない。今はフリー。六条飾が正当なアプローチをかければかなりの確率で付き合えるだろう。そう断言できるくらいに、六条飾は美人で性格もいい。


 普通に告白すれば。


 その普通ができないのが、六条飾である。あろうことか、六条飾は告白もかけ引きもせず、彼をストーキングするという行動に出た。


 意味がわからない?


 僕だって最初は意味がわからなかった。けれども、愛する人がそういう人ならば受け入れるのが、また愛というものだ。


 しかしながら、と何度もひっくり返してしまって申し訳ないのだけれども、しかしながら、六条飾がどれだけ熱心にストーキングをしても彼女と祐太郎の仲は、いっこうに進行しないのである。


 ストーキングすることによって恋の進捗があるというのならば、日本はとっくの昔にストーキング大国となっていることだろう。残念ながら、そんな変態的な世界観は創作の中にしか存在しない。


 恋の進捗は、表の世界でしか起こらない。


 学生にとっての表とはすなわち学校。ここで僕たちは愛を育む。それ以外の方法は存在しない。それだけで十分ともいえる。特に六条飾のような美人にとっては。


 それでも、恋に発展させられないのだとすれば、相当なへたれかコミュ障なのだろう。六条飾がどちらなのかは明言しないでおく。


 ただ、そんな恋愛下手な子達でも愛の進捗バーを更新できるように、学校側は数々のイベントを用意してくれている。


 ちょうど明日、その一つがある。


 遠足。


 期末試験が終わり、夏休みに入る前の息抜きとして位置づけられたイベント。こんなくそ暑い中、山の中を散策するという、修行僧もびっくりのレクリエーション。だけれども、みんなでやれば楽しいもの、らしい。


 インドア派の僕にはその楽しさはさっぱり共感できないけれど、それはおいておくとして、暑さでとろけた脳みそには、あまったるい恋愛ドクトリンが刺さる。


 六条飾も、ここいらで一つ成果をあげたいところだろう。僕としても六条飾を見守る者として、何か手伝ってあげたいのだけれども。


 先日のことである。


 六条飾は、睡眠薬を購入した。


 ……睡眠薬を購入した。


 …………睡眠薬。


 たびたび、六条飾という女は、僕の想像を超えることをしでかす。


 そこがまた素敵なのだが。


 少なくとも六条飾が、遠足という一学期最後のイベントに本気であることは間違いない。おそらくであるが、僕のすべきことは、彼女のやることを手助けすることではなく、彼女がやり過ぎたときの後始末となるだろう。


 問題ない。いつものことだ。


 そのくらいやっていやる。なぜなら、僕は六条飾のことを愛しているのだから。

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