第46話 何の変哲もない遠足 その5

 悩み事は多いけれど、僕はやるべきことをやっていくことにした。


 などと言ってみたけれど、既に仕掛けは済んでおり、一つ目は時限的に発動する。



「ごめん、僕、ちょっと一人で行きたい場所があるんだ」



 突然、そう切り出したのは六条飾と同じ班の男子、堀直樹である。彼は午後のスタンプラリーが始まってから、ずっとそわそわとしており落ち着きがなかった。



「実は、立花さんに告白しようと思っているんだ!」



 あまりに唐突な別の意味での告白に六条飾達は戸惑う。まぁ、自然な反応だ。


 立花というのは、あの立花律子のことである。一般的に言ってクラスで上位のかわいい女子。堀直樹が好きになっても何もおかしくない。おかしいのはタイミング。


 正直、遠足で告白ってどうなの? そういうイベントではなくない? というか終わってからにすれば? など心の中での突っ込みは絶えない。しかしながら、大小はあれど特別なイベントであることは間違いなく、二人きりになれる場所として自然公園はわるい場所ではない。


 そう、堀直樹に吹き込んだのは僕なのだけど。



「別の場所で立花さんと待ち合わせしていて、そこに一人で行きたいんだ。班を離れるのはダメだって言われているけれど、どうか見逃してほしい」



 真剣に頼む堀直樹に対して、女子二人は困った顔を見せたが、祐太郎は彼の肩をぽんぽんと叩いて、にかっと笑った。



「そういうことなら行ってこいよ。俺らのことなんか気にすんな。なぁに、バレないって。先生にみつかったら、堀はうんこだって言っておくから」


「あ、ありがとう!」


「ほら、さっさと行って来いよ。うまくいっても振られても帰りはコーラで乾杯しようぜ」



 祐太郎のこういう快活なところは素直にかっこいいと思う。彼は異性以上に同性から人気が高いのだけれども、その理由もわかる。


 そんなやりとりを経て、堀直樹は立花律子のもとへ送り出される。この告白がうまくいくのかはわからないし、僕の知ったところではない。ただ堀直樹を班から離脱させたかった。そのためにわざわざ立花に接触して待ち合わせを承諾させたのだから。


 これであとは一人。


 田辺真奈美。


 正直、彼女を離脱させるのがいちばん難しい。そもそも離脱する理由がない。仮に力づくで田辺を班から引きはがしたとしたら、祐太郎達は田辺を探すだろう。六条飾の望む状況にはならない。


 そこで、僕は不確実な方法をとらざるをえなかった。


 これは、もう失敗しても仕方ない。その場合は、六条飾がしびれを切らして露見しやすい犯罪に走ってしまわないように見張っておこう。


 いささか自信のない心持で作戦を実行していたのだけれども、僕が思ったよりも事態はうまく進んだ。



「ごめん、かざり。私、ちょっと気分がわるい」



 田辺は頭をおさえて、足を止めた。



「どうしたの? 大丈夫?」


「うん。なんか急に頭が痛くなって」


「熱中症かな、ちょっと休もう」


「ごめんね」



 六条飾は、田辺を道のすみに誘導して座らせると、リュックからペットボトルの水を取り出して、彼女に差し出した。



「大丈夫、自分のあるから」


「そう?」


「どうしたんだろ。水はちゃんと飲んでたつもりだったんだけど」


「ね。今朝は元気だったのに」


「うん。おかしいな。私、いつも部活でテニスもやっているし、このくらい平気なんだけどな」


「そういう日もあるわよ。とにかく先生のところに行きましょ。ここからなら先生たちのいる連絡所が近いし」



 六条飾が提案すると、田辺は、うぅんと首を振った。



「私一人で行くよ。二人は先に行って」


「何言っているの。一緒に行かないと」


「いや、マジで。大げさに言っちゃったけど、ちょっと頭痛いくらいだから。連絡所までなら全然平気」


「でも」


「今、三人で行っちゃうと堀くんがいないのがバレちゃう。理由、説明する? そしたら堀くんに恥ずかしい思いさせちゃうし」


「そうだけど、ほんとに大丈夫?」


「大丈夫。連絡所ついたらメッセージするから」



 大丈夫だったらスタンプラリーをリタイアなどしないのだけど、そのあたりは体育会系の思考なのだろうか。田辺は、水をごくんと飲んでから、あたたと頭をかるく叩き、連絡所の方へと歩いて行った。


 六条飾は心配そうにしながら、田辺の後ろ姿をみつめる。実際、連絡所は近い。付き添っていく必要があるかと言われればほぼない。そういった理屈とせめぎあって、六条飾はしばらくそこで足を止めていた。


 さて、なぜ田辺は急に体調を崩したのか?


 僕が毒を盛った?


 それこそリスキー極まりない。そもそも人の体調を崩すくらいのちょうどいい毒なんてそうそうない。たとえば下剤だけれども、どのくらいの量でどのくらいの時間にどのくらいの効果が出るのかなんてわかりようがないだろう。それは不確実とは言わない。不可能という。


 最も難しいのは時間。どのタイミングで田辺が離脱するかを僕は調整する必要があった。それは、堀直樹が離脱した後、ということ。


 堀がまだいる状態で田辺が離脱する場合、さすがに班全員で連絡所に向かっただろう。その後、仮にスタンプラリーに復帰したとしても、そんなハプニングの後に、堀は告白に行くと言い出しにくいだろう。彼の性格上、びびって延期にする可能性が高い。


 とすると、堀が離脱した後、田辺が離脱しなくてはならない。この時間の調整は時限式の仕掛けでは難しい。つまり、田辺を都合のよいタイミングで離脱させる方法がいる。


 遠隔攻撃。


 遠隔から田辺に攻撃して、気分をわるくさせる。そうすれば、好きな時に彼女を離脱させられる。


 そんな魔法のようなことができるのかって?


 現代科学とは魔法のごときである。


 モスキート音と指向性スピーカー。


 モスキート音とは、人には聞こえない高周波数帯のことで、聞こえはしないのだが人体には影響を及ぼし、不快な気分にさせる音である。店の前でたむろする不良を撃退するのに使われたりするらしい。


 これを指向性スピーカーを使って、田辺一人にピンポイントで当て続ける。そうすることによって、田辺だけを体調不良に追い込んだ。


 しかし、やはりこれにも個人差はあるし、田辺にはまったく効果がないかもしれない。それゆえに不確実な方法だったのだけど。


 うまくいったな。


 僕は指向性スピーカーをリュックの中に仕舞いつつ、六条飾と祐太郎の二人が歩き出すのを見届けた。


 これで、舞台は整った、のだけど。

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