第45話 何の変哲もない遠足 その4

 コテージの裏に自然公園がある。


 午後はこの自然公園を班に分かれて散策する。散策というと何をするかわからないが、いわゆるスタンプラリーだ。


 10個のチェックポイントを歩いてまわって戻ってくる。ゲーム性は乏しいが、そもそも遠足とはエンターテインメントを目的とはしてない。今回でいえば、自然とのふれあい。それが主目的なのだとすれば、良いレクリエーションといえる。


 班はそれぞれ別のルートをたどる。チェックポイントは同じだが順番が違うからだ。僕と六条飾の班は反対の方向へと進む。


 

「ごめん、体調がわるいから僕は休むよ」



 ただ、当然のように僕は離脱する。


 班行動なんてマジでだるい、とかいう思春期ノリではなく実用性の問題。六条飾の見守りをするのにほかの人の目なんて百害あって一利なしだ。


 

「あぁ、カレー辛すぎた?」


「ごめんね、私たち基準で辛くし過ぎたかも」



 いやいや、まったくその通りではありますけど。


 レクリエーションから離脱するのは初めから計画していた通りなのだが、体調がわるいのは本当だった。原因は彼らの推測通り、カレー。いや、あれをカレーと呼んでいいのかも謎である。ただ口の中を焼き尽くすだけの劇物。どう考えても食を冒涜ぼうとくしている。


 だが、僕にも人間関係というものがある。円滑な学校生活を送るためには、ノリは大事だ。無理をしてでも出されたカレーは食べきらなければならない。


 その結果がこのあり様。舌に感覚がなく、喉が焼けるように痛い。もう食べ終わってしばらく経つというのに汗が止まらない。胃が新体操に目覚めたらしく今すぐバク転したいと叫んでいる。ひっくり返ったら大惨事だけど。


 まったくなんてものを食べさせやがる。


 まぁ、そのおかげで離脱は容易だった。僕はお腹を抱えつつ、来た道を戻る。先生にみつかると面倒なので、途中で茂みに入り事前に用意しておいた荷物を回収する。


 さて、おわかりのことと思うが、僕はこの。どこに隠れられそうか、六条飾はどこで何をしかけそうか予習済みだ。


 体操着では目立ち過ぎるので、急いで僕は体操着から普段着に着替える。まぁ、平日の昼間なので一般客も少なく、どちらにしろ目につくのだけど、生徒は体操着を着ているという心理の盲点にはなる。


 先生と生徒の目をかいくぐって、僕は六条飾の後を追った。スタートしてしばらく経つ。そのくらい待たないと各班が散らばらず動きづらい。それでは見失ってしまうのではないかと思われるが、今回は楽勝だ。やっているレクリエーションはスタンプラリー。チェックポイントさえわかっていればみつけるのは容易い。僕が追いついたとき、六条飾の班はちょうどスタンプを押すところであった。


 男子が二人、女子が二人の班構成。その内一人が六条飾で、もう一人が祐太郎。この班の倍率が高かったことは想像に難くない。ただ、残念ながら班決めはくじ引きである。残りの二人は乱数によって選ばれた有象無象、堀直樹ほりなおき田辺真奈美たなべまなみ


 盛り上がっているかといえば、普通といったところ。そもそも祐太郎も六条飾もスクールカーストでいえば上位の存在。相応のコミュ力を有している。立花律子の言ではないが、楽しむべきレクリエーションを普通に楽しむことを余裕でやってのける。


 あとはその能力を、六条飾が祐太郎との恋愛成就に向けて普通に施行すればすべてはうまくいくのだけれども、それだけはできないのである。


 ちょうど、同班女子の田辺が恋バナを振る。



「え? クラスでいい人? うーん。私はいないかな」



 こんなふうに平然と嘘をつく。そこにちゃらけたように祐太郎がレスをする。



「おいおい、ひどいじゃん。俺たち、けっこういけていると思うけど?」


「あー、そういうんじゃなくて、何だろう、子供っぽ過ぎて恋愛対象外ってかんじかな。私、大人な人が好きだから」


「うわっ、エロっ」


「ほら、そういうところよ」


「だってエロくね? 大人なことしたいとか?」


「大人な余裕のある人が好きなの。おしゃれなところにデートに連れて行ってくれたり、私の話を親身になって聞いてくれたりしてくれる人がいい」


「はっ、俺らももう大人だよな。どう? 見る? 俺らの大人な部分? すげぇよ?」


「下ネタサイテー」



 本当にサイテーなエロ猿である。しかし、こんな子供っぽくて、おしゃれよりもエロ重視で、相手の話を聞くよりも自分の話がしたい祐太郎のことが、六条飾は大好きなのだ。


 ただ、会話を聞いてもらえばわかる通り、好意をひた隠しにしている。むしろ、眼中にないといった素振り。なぜ、こんなふるまいをするのかわからない。好き避けというやつだろうか。祐太郎と話すとなると、途端にコミュ力を全力でゴミ箱に投げ込んでしまうらしい。


 さて、そんな六条飾、会話では達成できない望みを力づくで達成しようとしている。今、彼女は決行の機会をうかがっていることだろう。


 僕は判断を迫られる。六条飾の望みを叶えてやるべきか、やらざるべきか。

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