第44話 何の変哲もない遠足 その3

 昼食として作るのは、定番のカレーだ。


 キャンプといえばカレーである。これはひとえに簡単だからというのが主な理由だ。市販のカレールーさえ買っておけばいい。あとはテキトーに具材をぶち込んでおけば食えるものになる。


 マンガやドラマであるような激まずカレーなど、意図しなければ作れない。そのくらい市販のカレールーは優れている。あれこそ人類最大の発明と言っていい。


 ただ睡眠薬入りのカレーならば作れるかもしれない。


 それはカレーのうまいまずいには関わらず、ただ睡眠薬を投与すればいいだけだからだ。考えるとすれば投入するタイミングだろうか。睡眠薬によっては煮沸しゃふつすると効力がなくなるものもある。入れるならばカレーを作り終えてから盛り付けるときがよいだろう。


 いやいや、睡眠薬投与講座を開きたいわけではない。僕が考えなければならないことは、六条飾がいったいどのタイミングで睡眠薬を投与するかだ。


 六条飾が睡眠薬を購入したのは確か。タイミング的にこの遠足で使用するつもりだろう。


 自然に考えれば、昼食のカレーに混ぜる。そうすれば必ず祐太郎の口に入る。ただ、わからないのは睡眠薬を飲ませてどうするかだ。


 昼食で睡眠薬を飲ませれば、祐太郎は午後にひどい眠気に襲われるだろう。それは六条飾にとってうれしいか? いや、そうは思えない。


 このストーリーでは何かがしっくりこないのだ。


 とはいっても、可能性は捨てきれないから、僕は六条飾の調理過程を見守らなくてはならない。


 同じ調理場を使用するため、六条飾の動きを把握するのは難しくない。ただ、かまどと水場は少し離れている。僕は火係に任命されたため、すべてを見守ることはできない。


 ただあまり心配はしていなかった。僕が見ていなくても同じ班の者が見ている。カレーに細工するのは容易ではないだろう。


 具材を用意し終えたら、鍋に入れ火にかける。つまり、竈に調理場所が移る。その後は僕の監視下だ。何かを入れたらすぐわかる。


 

「なぁ、ニンジンでかくないか? 誰切ったの?」


「それはまなみちゃんでーす。私のはハート形」


「かわいいよね。けど、それ型抜きでやったやつじゃん。自慢すんなし」


「辛口? 甘口? 俺辛いのだめなんだけど」



 これは六条飾の班の会話。もちろんカレーは甘口。祐太郎が甘口カレー好きなことを六条飾は把握済みである。



「ねぇ、私、根っからの辛党なんだけど、カレーは激辛でいい?」


「あ、俺も辛党。タバスコ持ってきているけど入れていい?」


「いいわね。せっかくだから、一本全部入れよ。できれば嫌なこと全部忘れられるくらいの辛さにして」



 これは僕の班の会話。正直言って、頭がおかしい。六条飾を見てきて変人には耐性がある方だと思っていたが、身近にもっとやばい奴がいたとは。僕の観察力もまだまだのようだ。


 予想していなかった問題が発生して、僕は背中にびっしょりと汗をかいたのだけれども、一方で六条飾から目を離しはしなかった。


 結果からいえば、六条飾はカレーには何も混入させなかった。カレーをよそって盛り付けるところまで観察していたが、特に怪しい動きはなし。普通に班のみんなでカレーを楽しむようだ。


 杞憂きゆうだった?


 まぁ、確かにカレーでは祐太郎だけを狙って睡眠薬を飲ませるのは難しいし、やはり飲ませたところで何ができるわけでもない。


 六条飾の目的は別にあるということになる。


 午後の散策。


 そこで何かをしかけるつもりか。まぁ、その可能性も事前に考えてあった。やはり、カレーに睡眠薬を盛るのは筋が通らない。


 僕は思考を切り替える。


 六条飾の目的。六条飾の行動。六条飾の思考。今後に彼女がやろうとしていることを考えれば、僕のすべきことが見えてくる。


 だが、その前に、僕の前になぜか大盛りでよそわれた激辛カレーをなんとかしなくては……。

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