第38話 六条飾誘拐事件 その3

「女装野郎に言われたくねぇんだよ!」


「うるせぇ! 女子高生を誘拐しようした奴が何言っても無駄なんだよ! 死ね!」


「てめぇが死ね!」



 頭に血がのぼると語彙力が低下する。小学生レベルの口喧嘩を繰り広げつつ、一方で、完全にしくったと僕は焦っていた。こんな頭のわるい口論が起こる予定ではなかった。もっとクールに、淡々と、速やかに乃木外を排除できているはずだった。


 それがどうだ。


 つくづく、僕には計略の才能がない。おそらく想像力が足りないのだろう。僕というの思考の中で考えるから、そこからはみ出した者たちに裏切られる。


 愛する人にならば、どれだけ裏切られても愛おしいけれど、変態ストーカーに裏切られたら、はっきりと憎悪しかいてこない。



「くそっ!」



 僕はスタンガンを握り直す。今、乃木外に対してのアドバンテージは、このスタンガンのみ。彼も格闘技の経験などはないはずだが、僕より大柄おおがらで、力も強い。取っ組み合いでは勝てやしない。


 2回スタンガンを当てている。気絶するほどでないにしても、相当のダメージが入っているはず。わからんけど。現実にもHPゲージを用意してくれないだろうか。


 

「そもそもてめぇ誰なんだよ!」


「誰だっていいだろ!」


「よくねぇだろ! 俺に何の恨みがあんだよ!」


「女子高生誘拐しておいて何言ってんだ!」


「てめぇ女子高生じゃねぇだろ!」



 だめだ。混乱してやがるこいつ。


 だけど、コミュニケーションがとれるに越したことはない。脅しというのは会話の延長だ。話の通じない相手に脅しは通じない。


 

「六条飾から手を引け」


「は?」


「六条飾にもう関わるな。そうすればおまえに用はない」


「てめぇには関係ねぇだろ!」


「それを言ったら、おまえがいちばん関係ないんだよ、乃木外虎太郎のぎさかこたろう


「!?」



 名前を呼ばれて、乃木外は我に返る。少しだけ落ち着いたのかもしれない。工場の広い空間に、僕と乃木外の荒い息が波のように繰り返し響く。


 

「何で俺の名前を」


「乃木外、おまえのしてきたことは知っている。女子高生に欲情してストーカー。許されることじゃない」


「うるせぇな。だから、てめぇには関係ねぇだろ。俺と飾ぃの話なんだよ」


「六条飾はおまえの存在すら認知してないぞ。それでいったい何の話があるんだ?」


「そんなわけねぇだろ! あいつは俺のことを愛してんだよ。だけど、恥ずかしがり屋で俺に声をかけられずにいるんだ。だから、俺から積極的にいかなきゃだめなんだよ」


「その結果が誘拐かよ。妄想もいいところだな」


「妄想じゃない! かざりぃは俺のことが好きなんだ。目を見ればわかる。それにあんなスカートを短くして、俺を誘ってんだ。そういう女なんだ、飾ぃは」


「ただ、おまえが欲情しているだけだろ」


「てめぇにはわからない! 飾ぃの声が聞こえないてめぇには! 俺には聞こえるんだ! 早く一緒になりたいって声が! だから、俺がその望みを叶えてやろうと思ったのに! てめぇが邪魔するから!」



 ……クスリはやっていなかったはずだが。


 幻聴が聞こえているとなると面倒だな。いったん時間おいて落ち着かせればなんとかなるか。ならなかったら、まぁ、最後の手段をとる必要がある。


 僕は、じりじりと足を滑らせる。隙を見てスタンガンをもう一発くらわせる。そうすればさすがに無力化できるだろう。しかし、それを察知してか、乃木外は近くにあった鉄パイプを手に持って振りかかってきた。


 長物!?


 リーチでほんの少し有利だったのだけど、一気に逆転される。僕はなんとか避けて、いったん逃げる。工場の奥の方へと。


 夜が更けて工場内は暗い。奥に行くと入口のランプの明かりが届かず、モノを認識するのもやっとだ。


 それでも、僕が走っていく後ろを乃木外は追ってくる。優勢に転じたことで調子に乗ったか、計画を邪魔されたことへの腹いせか勢いよく。


 どちらにしろ、軽率だとしか言いようがない。


 彼が冷静だったら、いや、冷静であったとしても思い至らなかったかもしれないが、少し頭がまわったならば、疑問に思うべきだった。どうしてということを。


 ある程度走ったところで僕は振り返った。


 当然、チャンスと見て乃木外は鉄パイプを振り上げる。


 その瞬間。



 カッ!



 すさまじい光が乃木外を襲った。



「うわっ!!? 何だっ!?」



 スタンガンの発光とは比べ物にならない。乃木外の顔に向けて収束された光が直接当てられているのだから。


 防犯用のフラッシュライト。


 人間の弱点の一つは目。いちばん重要なくせに最も弱い構造になっている。必要以上の光を目に当たられるとひるむ性質。これは避けようのない特性。それも不意を突かれれば効果は絶大だ。


 わめく乃木外に対して、僕は体当たりするように突っ込み、そして、スタンガンを押し当てた。



「気持ち悪いんだよ! このストーカーがぁ!!」



 叫んではみたが、スタンガンは、バチン! と鈍い音を二回立てただけで、それほど劇的でもなく、乃木外の身体を地面に崩れ落とした。

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