第39話 六条飾誘拐事件 その4
うまくいき過ぎではないか。
そういう疑問は当然あるだろう。いくら誘拐を予測していたとはいえ、準備が良過ぎるし、
僕は格闘技のプロでもないし、犯罪のエキスパートでもない。知らない場所で知らない相手と戦えば十中八九負ける。
タネ明かし、というほど、奇抜な謎解きではない。知らない場所で知らない相手に勝てないならば、知っている場所で知っている相手と戦えばいい。
つまるところ、僕はこの廃工場に一度来たことがある。
まず乃木外がレンタカーを借りたとき、その後、どこに連れていくのかという疑問が出てくる。彼の住むアパートだろうか。いや、それはない。あのアパートでは声を出されたときに外にも隣にも丸聞こえだ。あんなところに誘拐した女子を連れ込むことはできない。
とすると別の場所。初めての場所よりも知った場所がいい。とすると場所は
あとは細工するだけ。いたるところに武器になるものを置いておいた。フラッシュライトもその一つだ。他にもナイフや紐や、化学室でくすねた塩酸などを隠しておいたのだけど、使用する機会はなかった。
ただ、自分の武器を用意するところを思いついたのだけど、相手の武器になりそうなものを排除することは思いつかなかった。そのせいで乃木外に鉄パイプを与えてしまって危なかった。
さて、もう一つ。
これは、誘拐されるのが下校中であると仮定して、念のためにやっておいた措置。廃工場は通電しておらず、明かりが
僕が暗闇の中で逃げ回ることができて、フラッシュライトのある地点まで迷わず進めたのはこういうカラクリだ。
「まぁ、そんなタネ明かし、おまえには必要ないんだけどな」
地面に転がる
乃木外はさすがに立ち上がることはない。足も手もガムテープでぐるぐる巻きにしてある。
「てめぇ、まじで、何なんだよ」
「僕が誰かなんてことはどうでもいいんだよ。今、おまえが考えなくちゃいけないことは、今後おまえがどうふるまうかだ、乃木外虎太郎」
「何で、俺の名前を」
「名前だけじゃない。おまえのことは何でも知っている。1995年5月12日生まれ、干葉県出身、回浜高校を出て、Fラン私立大学に入学、卒業後、就職できずにバイト暮らしとなる、引っ越し、ラーメン屋、居酒屋とバイトは長続きせず、居酒屋で売り上げをくすねていることがばれてクビ、親に勘当され神奈河県にやってくる、ここでもバイトは長続きしない、そのくせ金遣いは荒く、パチンコ、スロット、風俗、タバコと散財、金を借りるにしても信用がない、結局
「……おっ、え? ……!?」
「2週間ほど前から、六条飾へのストーカーを始める。学校まわりや家のまわりをうろついたり、叫んでみたり、妙な郵便物を送ったり、気持ちがわるいことこの上ない。SNSへの書き込みもひどいな。匿名なのをいいことに、エロいことを書き連ねて、いい大人が恥ずかしくないのか?」
「何で……?」
「何でそんなことを知っているんだと聞きたいんだろう。けれども、何度も言うが、それはおまえが今考えるべきことじゃない。僕もおまえのくそみたいな人生については興味がない。重要なことは、今後の話だ。なぁ、乃木外虎太郎。どうしようもない過去の話じゃなくて、輝かしい未来の話をしようじゃないか」
「はぁ?」
「と言っても、おまえがやるべきことは一つだけだ。これだけやってくれれば、僕はおまえの人生に干渉することはない。おまえのくそみたいな人生は、これからも何一つ変わることなく同じようにバラ色に続いていくだろう。やるべきことというのは、もうわかっているだろうが、改めて言おう。六条飾へのストーカー行為をやめろ」
「……何でてめぇにそんなこと」
「違う。違うよ、乃木外虎太郎。おまえが口にすべきは、はい、という二文字、それだけだ」
バチン!
「ぐぁぁぁあ!!」
「はい、と言うまでここから帰す気はない。言っておくが終わりはない。はい、と言わなければ、おまえが
「わ、わ、わかった、やめる、やめる、から」
バチン!
「っ! ぁぁあ゛!!」
「はい、と言えと言っただろ」
「は、は、はい。 はいはいはい!」
バチン!
「ぐぁぁっ! 何で!?」
「変態ストーカー野郎の言葉なんて信じられるわけがないだろ。今この場で
バチン!
「あ゛ぁぁっ!」
「じゃ、どうやったら約束を守らせられるか。いや、この点、僕は
「っ!? ま、まって、くれ。本当に、やめる、だから、殺さない、で!」
「ん? あぁ、勘違いさせてしまったみたいだね。おまえが六条飾のストーカーをやめれば殺したりしない。僕が言いたかったのは、おまえには実家に帰ってもらおうという話だ」
「え?」
「帰るんだよ、家に。おまえの両親に頭を下げて、一からやり直すから帰らせてくださいと頼み込むんだ」
「そ、そんなこと」
「できるさ。高校時代までは親子の仲は良かったらしいじゃないか。初めからないものを直すことはできないけど、あったものならば努力次第でなんとかなる」
「だ、だけど、それだけは」
「勘違いしないでくれ。そもそもおまえには選択肢が他にないんだ。なぜなら、もうおまえはこの場所で
「?」
「おまえの生活保護は打ち切られる」
「何で!?」
「知らなかったのかもしれないが、生活保護でもらった金を借金の返済にあてるのは違法だ。警察に情報をリークしたらすぐに動いてくれて、闇金お抱えの弁護士さんは逮捕された。対応が早かったから既に捜査はしていたんだろうな」
「そんなぁ……」
「弁護士は捕まったが、闇金へのおまえの借金が消えたわけじゃない。返済の
「ひっ!」
「さぁ、わかっただろ。おまえにはもうストーカーをしている時間なんてない。既に闇金の連中がおまえを探しているだろう。みつかったらそこでデッドエンドだ。わかったら、今すぐ干葉の実家に帰り、親に頭を下げて金を借りて借金を返すんだ。あとは干葉で仕事を探して働け。そして両親に少しずつでも金を返せ」
「う、うぅぅ」
「返事は?」
バチン!
「ぁぁぁぁあ゛! は、はい!」
僕は、もだえる乃木外の髪をぐっとひっつかみ、むりやり視線を合わせる。大事なことは目を見て言わなくてはならない。そうしないと、僕が本気だということが伝わらないだろう。
「言っておくが、次はない。次、もしも僕がおまえを県内で見かけることがあったら、そのときは問答せずにおまえを殺す。どんな手段を使ってもおまえを殺す。更生していようが、六条への興味が
「は、い」
「それと、僕を
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