第42話 何の変哲もない遠足 その1

「ハートの5止めているの誰?」


「え? 私じゃないよー。ふみちゃんじゃないの?」


「えー、ふふ、うちぃ、じゃない、よー?」


「絶対ふみちゃんじゃん! もー、早く出してよぉ。出せるものないよー」



 バス内で聞こえてくるのは女子達のかしましい声。やっているのは七並べだろうか。バスの中で七並べ? と疑問に思ったかもしれないが、別にカードでやっているわけではない。全員スマホをかかげて各自の席でやっている。


 風情ふぜいもへったくれもあったものではないが、そもそもバス内での遊びに風情もくそもない。遠足に必ず発生する無駄に長い移動時間がつぶせればそれでいい。


 ちなみに六条飾は既に最下位をとっている。このゲームもこのままいけば最下位だろう。何も考えずに出せるカードをただ出していればそうなる。


 それは珍しいことで、六条飾は別にゲームが苦手というわけではない。友達連中の中ではうまい方で、いつも手加減してよと言われる立場。しかし、それは集中しているときの話。今日の六条飾は朝起きてからずっと心ここにあらずであった。


 理由はわかっている。


 今日の活動班、堀沿祐太郎と同じ班なのである。


 一週間前、今回の遠足の班分けをするくじ引きがあり、六条飾は見事に祐太郎と同じ班を引き当てた。それからの彼女がどれだけハイテンションだったことか。自宅でも終始ご機嫌、ずっと鼻歌を歌っていた。


 たかが班が一緒になっただけで何をそんなにうれしがるのかと思われるかもしれないが、やはり好きな人と同じくくりに入るのはうれしいものだ。


 同じ教室にいるとはいえ、意外と決まった人としか話さない。しかも男女の区分けはきっかりされていて、その境界をまたぐためには、このような強制的な班分けイベントが必要なのである。


 今はまだ班とは関係のない席順で座っている。六条飾も仲のよい女子グループで後部座席をしめていた。


 どうでもいいが、どうしてクラスの覇権グループは教室でもバスでも後ろの方の座席を占めたがるのだろうか。全域を視野に収めることで支配者になった気分を味わいたいのだろうか。それとも、いきっている姿を見られるのが恥ずかしいという自覚があるのだろうか。いや、本当にどうでもいいんだけど。


 班に分かれるのはバスを降りてから。


 六条飾の戦いはそこから始まる。たいていの場合、こういう表現は比喩であって、実際には精神的なかけ引きを指すのだけれども、彼女の場合は文字通りの物理的なものを指す。


 そこを穏便に済ますことが今回の僕のミッションなのだけれど、実は初手ですでにミスっている。


 僕は、六条飾と同じ班ではない。


 これは油断していた。教室内での席順、班分けなどのくじ引きはあまりいじらないようにしている。それは、不自然に僕が六条飾の近くに居続けると不審に思われる可能性があるからだ。


 なるべく自然に、なりゆきまかせにするようにしているのだけれども、こうやって六条飾と祐太郎が同じ班になってしまうと工作活動が難しくなる。


 縛りプレイは好きじゃないんだけど。


 まぁ、仕方がない。


 縛りプレイというよりも介護プレイだが、これは正式なゲームではないわけだから、いくらでもやりようはある。



「おい、恒平、大丈夫かよ」


「話し、かけないで。吐く」



 心配した祐太郎の声に対して、僕は精一杯の力を振り絞って答えた。バスの前列。僕は窓におでこをおしつけて、なんとかこの瞬間に世界が滅びないかと風景を睨みつけていた。


 僕は、バス酔いがひどかった。


 もう今はほかのことは何も考えられない。口の中の酸っぱさと胃の中でごろごろと動く内容物の気持ち悪さが思考の大半を侵食している。


 人は車に乗れるように設計されていない。


 いや、僕だけなのか。祐太郎やほかの連中はけろっとしている。いったいどんな訓練を受けたのだろう。


 こんななさけない僕が六条飾の愛情を受けられるわけもない。好きになるとしたら、僕のことを心配している強者の祐太郎の方。それが自然で、その通りに世の中は動いている。


 こんな些細なことですら、世界は過酷な現実を僕に押し付けてくる。体調がわるいのもあいまって、どんどん卑屈ひくつになっていく。だから、今は意識的にでも考えるのをやめるべきだ。もともと回っていない頭の電源を落として、窓の外の汚い看板を目で追う。


 どんなことがあっても、六条飾の援護はちゃんとする。


 ……バスを降りたら、絶対。

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