第32話 六条飾のストーカーについて その2

 きっかけは、六条のつぶやきであった。



「なんだか、最近、つけられている気がするのよね」



 おまえが言うな、と、おそらく全世界が、全身全霊をそそぎ込んで突っ込みを入れたいところだろう。


 少なくとも、僕は心の中で間髪入れずに突っ込みを入れた。


 自らの青春を全力でストーキングにささげている女、六条飾りくじょうかざり。まさにストーキングクイーンとでも言っていい女の口から、ストーキングの被害をほのめかす言葉がこぼれたのだから、突っ込みたくもなる。


 

「えぇ、怖い」


「それ、ストーカーだよ」


「かざりん、かわいいから気をつけなきゃだめだよ」



 お世辞なのか、皮肉なのか、本当に心配しているのかわからない言葉が、六条の友達から飛び交う。


 女子の会話は、はっきり言って演劇染みている。そこに感情があるのかないのか、演じているのかないのか、さっぱりわからない。


 男子であれば、考えて出した言葉には、必ず、そういうシグナルが現れる。声色であったり、視線であったり、であったり。だから、こちらも察して、言葉を帰す。


 しかし、女子にはそれがない。いや、あるのかないのかわからない。反射的に答えたような言葉が、やけに嘘っぽかったり、B級ドラマのへっぽこ女優みたいにうるませた瞳が、なんだか真に迫っていたり。


 それでも、女子同士では、何かしらの解読鍵かいどくかぎがあるらしく、円滑なコミュニケーションをとるのだから、恐ろしい。


 正直、ストーカーなんかよりもよっぽど怖い。


 いや、それはいいんだけど。


 

 ストーカー?



 何それ?


 何かの冗談ですか? 笑えないんですけど。


 僕は、落としそうになったスマホをすんでのところでキャッチし、六条の話に耳を傾けた。



「なんかね、郵便物がときどき届かないの。たぶん誰かが勝手に受け取っちゃっているみたい。この前なんて、楽しみにして画集を取られちゃって、すんごいがっかりしたのよ」


「うわ、それ、泥棒じゃん」


「てか、かざりん、画集なんか買うの? エロいやつ?」



 エロいやつである。


 六条飾の趣味というわけではなく、祐太郎の趣味。彼が好きな絵師が出した画集だ。そこまで有名でないため、出版数も限られており、次、いつ手に入るかわからない。


 盗られたことに、さぞかし憤慨ふんがいしたことだろう。


 今でこそ、かわいらしくエピソードトークしているが、盗られたとわかったときの六条は、般若はんにゃのような表情をしていたに違いない。


 「違うよー」と六条達は、笑い合う。


 実際、六条は、親へのカモフラージュのために、風景画の画集を同時に購入している。やっていることは、エロ本を買う男子中学生と同じだが、そこは目をつむろう。


 しかし、郵便物をくすねるとは、とんだ変態野郎だ。確かに、ストーカーの中には、相手の所有物を何でもかんでも得たがる者がいる。当の六条だって、祐太郎の練習着を盗んでいるし。


 いや、六条はいいのだ。


 彼女は、ストーカーをしてもいい。祐太郎のことを好きでいていいし、祐太郎を盗撮していいし、祐太郎の所有物を盗んでいい。


 なぜなら、僕の好きな人だから。


 だが、六条のストーカーはだめだ。


 そいつは、六条を不安にさせる。もしかすると、六条に危害を加えるかもしれない。何より、他者に監視されていては、


 

「おい、恒平、聞いているか? 本当なんだって、この前、すげぇエロいサイトみつけてさ」


「ふーん、そうなんだ」



 僕は、聞いていなかった祐太郎の話に適当に相槌あいづちを打った。


 こんなエロサイトの話を嬉々として口にするあほ丸出しの男子高校生のどこを好きなのかわからないが、まぁ、恋とはそういうものだろう。

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