第6話 六条飾のストーカー行為 その4

 それは移動教室のときに起こった。


 芸術は選択科目となっており、美術か音楽かを選び、それぞれの特別教室へと向かうこととなっている。


 ゆえに、この際、教室は無人となるのだ。


 そこを狙って、六条は現れた。


 美術の授業を抜け出してきたのだ。そもそもゆるい美術の授業だし、トイレか何かだといえば簡単に抜け出せる。 


 昨今さっこんでは、学校でもセキュリティ意識が高くなっており、教室が無人のときは扉を施錠せじょうするようになっている。


 しかし、そもそも校舎そのものが古いこともあり、抜け道などはいくらでもある。


 六条は、窓の方に仕掛しかけをしていた。くるりと返して金具をひっかけるタイプの鍵。それも旧式でロックする機能もないため、紐を予め繋げておけば容易に開けることができる。


 授業中ゆえに廊下で怪しい行動をとる六条を見咎みとがめる者はいない。


 忍者さながら、しゅたっと教室の中に入り込んだ六条は、一目散に歩き出した。もちろん祐太郎の席に向かってだ。


 また、机を舐め回すのかと思えば、そうではない。六条の狙いは机ではなく、祐太郎のかばんにあった。


 そう、鞄があるのだ。


 誰も登校していない早朝と違って、既に登校を終えている今の教室には、祐太郎の鞄が無防備に置かれている。


 大きなリュックサック。部活の着替えと教材、弁当箱が詰まったそれを見て、六条は鼻息を荒くする。


 我慢できずにといった様子で、六条はリュックサックに手を突っ込む。


 まず取り出したのは弁当箱。祐太郎の母親が丹精込めてつくった弁当だ。丹精込めてというのは少し過大な表現で、実際は冷凍食品が大半を占めているのだが、ちゃんと弁当をこしらえている時点で評価されるべきであり、それ以上を求めるのは酷である。そんな弁当箱を六条は開く。


 何をするかわかるだろうか。思い出してほしいのは、六条飾は朝、祐太郎用の弁当を用意していたこと。しかしながら、彼女には弁当を祐太郎に渡すことができない。そしたらどうするか。自分の作ってきた弁当の中身と祐太郎の弁当の中身を入れ替えるのだ。


 そこまでするかと思うかもしれないが、自分のつくった弁当を好きな人に食べてほしいという乙女心なのだ。わかってほしい、とは言わないが理解できなくはない。ということで、ここしばらく、祐太郎が食べていた弁当は、母がつくったものではなく、六条がつくったものということになる。


 手際よく弁当を入れ替えた後、次の狙いは、練習着。朝練で祐太郎が来ていた練習着をひっつかんで、引っ張り出す。


 そして、ぐ。


 嗅ぐ、嗅ぐ、嗅ぐ。


 その臭いが、いい匂いなのかどうかは、個人の嗜好しこうなので、論じないが、他人の服を勝手に嗅ぐというのはいかがなものか。


 ただ、ここで取り上げたい六条の奇行、いや、悪癖はこの嗅ぐ行為ではない。


 六条は、一度嗅ぐと、その練習着を用意していた


 仕舞い込んだのである。


 おわかりだろう。


 どうしようもない六条の悪癖とは、こののことだ。


 その仕草は、口にドングリをたくわえるリスのようで、見ようによってはなかなか愛らしいものがあるが、やっていることはただの盗難である。


 彼女は、ときおりこの盗み癖を見せた。


 始めこそ衝動的な様子であったが、ここ最近は味をしめたのか、わりと計画的に盗みを働いていた。


 ただ、盗むだけではいずれみつかってしまうことは明白で、それは六条も理解しており、盗んだ練習着は家でしっかり楽しんだ後に、こっそりと祐太郎の鞄に戻しておく。


 祐太郎は、そこまで神経質な性格ではないので、練習着がなくなっていても、どこかに忘れてきたのか、と首を傾げる程度なのだろう。今のところ、この犯罪は露見していない。

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