第5話 六条飾のストーカー行為 その3

 祐太郎の朝練が終わる頃には、生徒がぞろぞろと登校してくる。六条飾りくじょうかざりは、その人込みにまぎれて、教室へと向かう。


 六条の判断基準はいまいちわかりかねるが、という一般的な知識はあるようだった。


 ゆえに、今までバリバリに犯罪者顔はんざいしゃづらでストーキングをしていたというのに、しれっとした顔で、教室へと向かう友人と談笑している。


 この切り替えの早さは、はっきり言って狂気だが、だからこそ、少しくらいの奇行を見逃してもらえているというのはあるかもしれない。


 冒頭の、あんなまじめでかわいい子がそんなわるいことするわけない理論である。世間一般は、わりとこの手の先入観で動いている。


 朝のホームルームが始まってから、六条はおとなしい。


 それはそうだろう。こんな公衆の面前で堂々と祐太郎に好き好きアピールできるのだったら、そのまま告白してしまえばいいのだ。


 実際のところ、彼女の人当たりのいい性格と優れた容姿からかんがみるに、まともなアプローチをとれば、すぐに付き合えるだろう。


 もちろん、祐太郎の好みもあるので一概には言えないが、少なくともそうすれば、スタートラインに立つことはできるだろう。


 そんな、ある意味で奥ゆかしい六条は、教室では、優等生を演じていた。


 演じてる、というのは、語弊ごへいがあるかもしれない。六条にとっては、この優等生も真の姿であろうから、使い分けているというのが正しい。


 友人とくだらない会話をして、授業中は教師の話を聞き流し、ときおりうとうとして、適当にノートを書きとる。


 そんなどこにでもいる女子高生。


 この教室での六条しか知らない者にとって、六条とはそういう女なのだ。


 だが、少し注意深く観察すれば、いささか奇行が混じっていることに気づく。


 手鏡を見る回数がやけに多いのだ。


 年頃の女の子ならば致し方ないことかもしれない。彼女達は、服のしわも靴のくすみも気にしないくせに、前髪だけには命をける生き物である。


 六条とて高校生ならば、その動作にもおかしなところはない。ように見えるが、彼女の手鏡には決まって祐太郎が映っていた。


 これは、偶然か?


 そんなわけはない。六条は、衆人環視のもとで祐太郎をみつめるわけにはいかないので、どこぞの国の諜報員さながらの技巧ぎこう駆使くしして、祐太郎を視野に入れていた。


 手鏡は一例である。


 休み時間に友人と話すときは、それとなく友人を祐太郎の方に誘導する。


 仮眠するふりをして、腕の隙間から祐太郎に視線を送る。


 授業中は、疲れた風を装って身体をひねるストレッチをする。もしくは、消しゴムを祐太郎の方に落とす。


 など、六条はありとあらゆる方法をとって、祐太郎を視界に入れるようにしていた。


 全国ストーキング大会があったならば、この時点で、努力賞を贈呈ぞうていしたいところだ。


 まぁ、そんなものはないのだが、とにかく、六条は、授業中もおとなしいながらもストーキング行為を続けていたわけである。


 ただ、こんなものはかわいいものだ。世の女子学生ならば、8割のものが、いずれかの行動をとったことがあるのではないだろうか。


 一つ、これらの行動とは違って、六条には、看過できない悪癖あくへきがあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る