第20話 六条飾の恋敵 その1

「ねぇ、祐太郎くんて彼女いるの?」



 僕がそんな問いを受けたのは、ゴールデンウィークが終わってすぐのことであった。


 放課後、僕は、いつものように六条の後を追って帰宅しようとしていた。


 今日も今日とて美しい六条は、胸元が少し焼けていた。まだ、そこまで日差しが強いわけではないのだけれども、一日中、外にいれば焼けもする。


 ゴールデンウィークはサッカー部の遠征だった。隣の県まで行って、強豪校との練習試合。泊りがけで、二泊三日の豪華プランだ。


 もちろん六条飾もついていく。


 祐太郎が向かうところ、常に六条あり。


 5月の日差しの中で、彼女は、練習試合のグラウンドを望遠鏡で観察していた。つばの広い帽子と、長袖を着込んで、一応、日差し対策をしたようだが、胸元のケアがおろそかだったらしい。


 一部分だけこんがりと焼いた六条は、何喰わぬ顔で、練習明けで休息日の祐太郎をストーカーする。


 その後を追おうとしたところ、呼び止められた。


 できれば無視したいところだが、クラスで波風を立てると動きづらくなる。僕は適当に流そうとクラスメイトの呼びかけに応じた。


 尋ねてきたのは、立花律子たちばなりつこ


 スクールカースト上位の女子。クラス内の女子グループでも中心的人物で、スクールカースト下位の僕と単独で絡むことなどほとんどない女子である。


 しかしながら、今、立花は一人で僕に話しかけてきている。珍しいこともあるものだ。


 

「ちょっと、ノート運ぶの手伝ってよ」


「え? 何で僕が?」


「あんた、今日、日直でしょ」


「日直の仕事は終わったけれど。それ、立花さんが工藤先生に頼まれたやつでしょ」


「クラスメイトの手助けするのも日直の仕事じゃん」



 それはどう考えても日直の仕事じゃない。だいたい、いつもきもちわるいくらい一緒にいる子分に手伝ってもらえばいいじゃない。


 そう思うが、見たところ、立花のとり巻き連中は見当たらない。他に用事があって今日は立花一人。だから、僕を呼び止めたといったところか。


 六条を視界から外すのは、僕としては避けがたいことだったが、ここで立花の頼みを断って恨みを買うのもよくない。


 一瞬、思考をめぐらした後に、僕は仕方ないなと承諾しょうだくした。


 冒頭に述べたが、立花の目的は、僕にノートを運ばせることではなかった。


 目的はその後。


 祐太郎の友達である僕から、彼の情報を聞き出すこと。


 

「祐太郎に彼女はいないと思うけど」



 とりあえず、僕は正直に答えた。


 六条のためにも、祐太郎に群がるわるい虫は払ってしまいたい。しかし、同じクラスの立花に嘘をついてもすぐにバレる。ここは正直が吉。



「そう。好きな子はいないの?」


「うーん。一年のときは、先輩の目黒さんが好きだったらしいけど」


「それは知っている。学園祭でフラれたんでしょ」



 そう、これは有名な話。学園祭で目黒先輩に告白してフラれたという、まぁ、よくある話。


 実際のところ、わりとうまくいきそうな気配はあったのだが、それを察知した僕が、祐太郎の悪評を目黒先輩に流して


 その後、目黒先輩には別の男子をあてがわせて、完全に目黒先輩の路線を潰す。さすがに祐太郎も今では諦めて、いい思い出としている。


 ここまでは立花も知っているだろうから公開しておく。


 今は、目黒先輩の友達の結城先輩のことが少し気になっているようだが、まだ恋には発展していないといったところ。


 これも進展しそうなら、僕がつぶすけれど。


 だが、この情報を立花に教える必要はない。



「前に付き合っていた子とか知らないの?」


「さすがにそれは知らないな」



 知っている。


 中学時代に、同級生の後藤という女子と付き合っていたらしい。高校受験前に別れて、今では交流はないとのこと。


 中学時代の後藤を写真で見たことがあるけれど、実は、立花と少し似ている。いや、顔が、というわけではなく、雰囲気が。


 そういう意味で、立花が祐太郎を落とせる確率はそう低くない。


 まぁ、教えてあげないけれど。



「そう、使えないわね」



 立花のつぶやきを聞こえなかったふりをして、僕は、こちらから尋ね返す。



「祐太郎に気があるの?」


「うん。告ろうかと思って」



 おう、思い切りがいいね。


 立花は、はぐらかすということをしなかった。まぁ、ここまで聞いておいて、今さら興味ないと言われても信じられないけれど。


 僕は立花に興味がないので、彼女の恋愛遍歴を知らない。しかし、さぞかし華々はなばなしい恋愛街道を歩いてこられたのだろう。


 そうでなければ、こうも堂々とできない。


 さて、どうしたものか。


 僕は少し考える。立花の好きな相手が祐太郎でさえなければ、こんなゴミのような話、千切って丸めてゴミ箱に捨てる。三歩も歩かない内に忘れるだろう。


 しかし、相手が祐太郎となれば話は変わる。僕も把握しておかなければ、後々に、六条の不幸をまねいてしまいかねない。


 面倒くさいなと思いながら、僕は立花に、にこりと笑いかけた。



「いいんじゃない。僕でよければ相談に乗るよ」

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