第18話 なぜなら僕は六条飾を愛しているから

 ロードバイクで颯爽さっそうと夜の底にのっぺりと張られたコンクリートの道を疾走しっそうし、六条飾りくじょうかざりは自宅へと帰る。


 夜もけて活動している人が少ないとはいえ、もう少し速度を落としてほしいところだ。事故じこらないかと心配でしょうがない。ただ、六条はそこそこ運動が得意なので問題はないのかもしれない。どちらかというと後を追う僕の方が事故ってグッバイしそう。


 家についてからの彼女はロボットのように決められたルーチンをこなしていくことは既に述べたとおりだ。


 そういえば、六条の母親についても、少しだけ語っておこう。六条母は、六条飾のストーカー行為については気づいていない。ただ、娘が遅く帰ってくることに疑問を持たないのかという疑問は当然湧いてくる。


 六条母は、仕事人間でありそもそも帰宅するのが遅い。だからといって、六条飾が帰宅するのはもっと遅い日もあるのだから、それを理由に娘の奇行を知らないというのもおかしな話だ。


 言っておくが、六条母がうちの両親のように子供に対して無関心というわけではない。ただ、いささか心身の疲弊ひへいが強いとは言えた。一昔前の体育会系の会社に勤める彼女は、休日返上で出勤している。それゆえに家事はおろそかになるのだけど、そこは娘である六条飾と協力して支えあっていた。


 そういう意味では母娘おやこの関係は良好といえた。しかし、その疲れ切った意識で娘の細かな変化には気づけなかった。


 六条母が家に帰ったとき、部屋に電気がついていなければ娘はもう寝ているのだろうと思い、シャワーを浴びてすぐに寝てしまう。たまに会っても、おかえりと声をかけあう程度。


 それで十分と六条飾も思っているようで、彼女が母への弁当を欠かしたことはなく、母の方もしっかりと食べて返してくる。僕には理解しきれないけれど、この母娘はこれでいいのだろう。


 ゆえに、六条飾のストーカー行為に母は気づいていない。


 気づいているのは僕だけだ。


 僕だけが六条飾の異常さに気づいていて、僕だけが六条飾のことを正しく認識していて、僕だけが六条飾の本当の望みを知っていて、僕だけが六条飾の迂闊うかつなところを観測していて、僕だけが六条飾の一途いちずなところに恋焦こいこがれている。


 それが、僕の唯一の矜持きょうじ


 いつものように、六条飾はお風呂に入り、ストレッチして肌の手入れをする。そして、明日の弁当の準備をしてからとこにつく。



「おやすみ」



 そう、誰にともなく六条飾がつぶやく。だから、僕は盗聴器に向かって応える。



「おやすみなさい」



 こうして、僕は、六条飾のストーキングが円滑に行われるように見守っている。なかなかたいへんなことではあるけれど、に思ったことはない。なぜならば、と、あえて言う必要もないかもしれないが何度でも言おう。


 なぜならば、僕は、六条飾を愛しているから。

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