第3話 六条飾のストーカー行為 その1

「おはよう~」


 六条飾りくじょうかざりの朝は早い。


 外が明るみ始めた頃に目を覚まし、ぐっと背伸びをする。そして、誰にでもなくおはようと呟いてから、かるくストレッチをして、顔を洗い、歯をみがく。


 それから、朝ごはんと弁当をこしらえる。弁当は二つ、いや、三つ作る。一つは母のモノ。もう一つは父のモノ、ではない。彼女の親は離婚しており、六条飾は母と二人暮らしである。


 では、もう一つは誰のモノか?


 もちろん、祐太郎のために作られたものだ。


 六条は、高校1年の11月14日以降、祐太郎へのお弁当作りを欠かしたことがない。始めこそ、焦がしていた卵焼きも、今では、黄金色に焼きあがっている。ひとえに愛の力と言っていいだろう。


 まぁ、作り始めてから、


 不毛と言ってしまうにはあまりにも手の込んだお弁当を、六条は鼻歌交じりでこしらえる。まな板と包丁で演奏でもしているかのような彼女のエプロン姿は、さながら新妻のようである。


 まぁ、不毛なんだけど。


 お弁当を作り終えた六条は、朝食を平らげると、いってきますと元気よく声をかけて、やけに早く家を出る。


 祐太郎の家を経由するためだ。


 祐太郎は、サッカー部の朝練があるので、登校も早い。その祐太郎の登校に出くわすためには、六条はさらに早くに家を出る必要があった。


 六条の家から、祐太郎のマンションまでは、自転車で43分ほどかかる。高校を挟んで対局の位置にあり、登校という意味では明らかに遠回りだが、六条は43分のサイクリングを日課としていた。


 そのせいで、六条の家の方角を勘違いしている友人も多い。


 誤解する友人達は適当に無垢むくな笑みで丸め込んでしまえばいいと、さほど気にする様子もなく、六条はペダルをこぐ。


 ちなみに六条の乗っている自転車は、ロードバイクで相当金をかけている。フレームはアルミ製では軽く、車輪は細い。高い位置にあるサドルと、ラウンド状のドロップハンドル。


 さらにウェアとグローブ、シューズ、ヘルメットと一式揃えてある。そのまま、ツールドフランスにでも出られそうなスタイルで、彼女は早朝の空いた道路を疾走する。


 自転車は、祐太郎の家の近くに借りているトランクルームに収納する。


 六条は、トランクルームの中で、ウェアを脱ぎ、タオルで汗を拭く。それから、制服に着替えて、かるく化粧を済ませる。最後に、制汗スプレーをかけて、外に出る。


 マンションの出入口の見える交差路の電柱の陰で、六条は祐太郎の登校を待つ。


 六条の朝のルーチンと違って、祐太郎の朝はわりとルーズだ。朝練があるといっても、気分によって早かったり遅かったりする。


 その辺りは、六条もわかっており、十分マージンをもった時刻には到着している。


 祐太郎の出てくるまでの時間をまだかまだかと待ち構えるのも、一つの楽しみということなのだろう。六条は、うずうずと膝を擦りあわせながら、雄太郎が家を出るのを待っていた。


 祐太朗は、欠伸をしながら玄関を出てくる。六条に比べれば、ずいぶんと遅い登校だが、一般の高校生としてはなかなか早い方だ。


 同時に、六条も動き出す。


 ここで祐太郎に声をかけるのかと思った者もいるのではないだろうか。


 例えば、幼馴染などが朝から快活に「おはよう!」などと肩を叩いてくるパターンがある。


 まぁ、そんな光景は、なのだが、好きな人へのアプローチとしてはおかしくない。


 しかし、六条は、声をかけたりはしない。


 六条は、祐太郎の後ろを一定の距離をけてついていく。彼の背中を眺めながら、何のアプローチをかけるわけもなく、後を追うのである。


 声をかけない理由は、彼女にしかわからない。推測するに、声をかけるのが恥ずかしいとか、好き過ぎて恐れ多いなど。


 初めは前者だったが、時間をおくにつれてだんだんと神格化し始め、後者に移行したというのが妥当じゃないだろうか。


 何にしろ、声をかけないという選択は正しい。


 もしも声をかけていた場合、こんな朝早くからどうしてこんなところにいるのかという問いに答えられないだろう。


 幼馴染が声をかけるのとは決定的に違うのは、彼女が43分かけて祐太郎の家の前までやってきて出待ちしている。この点はシンギュラリティ。近所の幼馴染とは完全に異なる。


 六条が、そのような論理的な思考をもとに判断したとは思えないが、結果として、彼女は、今日も今日とて、平穏にストーキングできているわけである。

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