第4話 六条飾のストーカー行為 その2

 学校に着くと、祐太郎は、すぐに部室に向かう。練習着に着替えるためだ。家から着てくればいいものを、登校中はきちんと学生服を着るあたり、なかなか律儀りちぎな奴である。


 六条は、彼が部室に入るのを確認すると、まず教室へと向かう。


 祐太郎の朝練をこっそり観覧するのではないかと予想されていた者も多いだろう。そう考えていた場合、意外に思うかもしれない。


 まぁ、祐太郎の朝練の観覧もするのだが、その前に六条にはやらなければならないことがあった。


 六条は、教室に入ると、自分の席に荷物を放るように置いてから、祐太郎の席へ向かう。


 そして、そっと机をでるのだ。


 間接タッチ。


 間接キスという言葉は聞いたことがあるだろう。たとえば好きな子のリコーダーの吹き口を舐めるあれだ。好きな子とキスできないので、せめて好きな子の口に触れていたものを口にしたいという代替衝動だいたいしょうどう


 六条の机を撫でる行為は、この心理と同じであろう。好きではあるが、話しかけることもできない六条は、もちろん祐太郎に触ることなどできない。


 しかし、好きだからこそ、触りたいという欲求はむくむくと湧いてくる。せめて、祐太郎の持ち物でも触りたいと。


 学生である祐太郎が、最もよく触っているもの。それは、机と椅子である。


 朝から夕方まで座学の続く高校生にとって、机や椅子というものはもはや外部ユニットといって過言でない。


 つまり、祐太郎の一部なのである。


 彼の一部である机に触れることで、六条はあたかも祐太郎と触れ合っているような快感を得ているようだ。


 六条は、掌でそっと撫で、それから、折り返すように手の甲で再び撫でる。


 はぁ、と吐息といきらす。


 まるで最愛の人の素肌を撫でているかのように、六条は、うっとりとした顔を浮かべている。


 そして、机のかどからふちに至るまで入念に撫でまわしてから、すーっと顔を近づける。


 机の目前で、六条は、めいっぱいに鼻から息を吸う。


 机に残る祐太郎の香りをなんとか感じようと、風船のようにおなかふくらませて、空気を体内にめ込む。


 吸った息を鼻孔びこうでじっくりと感じてから、満足そうに息を吐き出すと、次に六条は、頬を机にこすりつける。


 そろそろ忘れているかもしれないが、六条が顔面を押し付けているのは、。冷たいし、固いし、何の反応もしない。


 それでも、六条は、うれしそうにその肉体を押し付ける。


 しばらくして、六条は、机に口づけを始めた。ぺろりと舌を出して、徘徊はいかいするなめくじのようにねっとりと舐め回す。


 もはや机と一つになろうとしているのではないかと思われるほどに、身を机に押し付け、六条は全身で祐太郎の机を堪能たんのうするのだ。


 さて、六条が祐太郎の朝練よりもこちらを優先した理由がおわかりいただけただろう。


 祐太郎の机を舐め回すなんて奇行は、確実に人のいない早朝しかできないからだ。


 話すことも接することもできない六条にとって、祐太郎を肌で感じることのできる、このひと時はとても貴重であった。


 まぁ、机だが。


 祐太郎の机を十分に堪能すると、六条は身を起こし、ふぅと満足そうに頬を蒸気させつつ、乱れた身だしなみを整える。


 そして、急いでグラウンドへ向かい、木陰こかげに隠れて、祐太郎の朝練を観覧するのである。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る