第8話 六条飾のストーカー行為 その6

 サッカー部の練習が終わる頃には、もう日も暮れており、空は紫色に染まっている。夜が自分の出番はまだかと山の裏側からのぞき始めたところで、祐太郎は帰路きろにつく。


 六条は、彼の背後を素知らぬ顔でついていく。ちゃんと距離をけて、気づかれないように、だが、着実についていく。


 帰路に関しては、早朝とは違って人が多い。そのため、まぎれることは容易だ。ただ、祐太郎はサッカー部の友人と歩いている。鈍感な祐太郎は別としても、他の部員にバレないようにしなければならないというリスクをかかえていた。


 そういったリスクも楽しんでいるのか、それとも気にしていないのかわからないが、六条はそつなくストーキングを続ける。


 祐太郎が、友人とふざけ合って、押し合って、途中で買い食いをして、たらたらと帰宅するのを見送って、六条は彼のマンションの前に立つ。


 見送り完了。


 こうして、六条はストーキングを終える、わけではない。


 六条は、マンションの裏側の方に移動する。すると、ワイヤレスイヤホンを耳に突っ込み、そして、鞄の中の受信機のスイッチをオンにする。


 イヤホンから流れてくるのは雑音。少し遠いため雑音が乗ってしまうのは仕方ないが、もう少しきれいな音になってくれるといいな、と六条はかるく苛々いらいらとする。


 やっと聞こえてきたのは、扉を開く音。そして、男の声。



「あー、疲れた」



 誰の声かなど改めて言う必要もないかもしれない。その低音で響くイケボは、祐太郎の声であった。


 かんのいい者は気づいただろう。


 そう、これは盗聴である。


 祐太郎の部屋に設置した盗聴器。そこから発せられる電波を、受信機でとらえ、そして、イヤホンで聞いている。


 はたから見れば、ただ音楽を聴いている女子高生に見える。


 だが、そんな普通からは、かなり逸脱いつだつした犯罪行為を六条は行っていた。


 家に帰ってから聞けばいいのでは? という疑問があがるかもしれない。しかし、盗聴器の性質上、それは難しい。


 盗聴器の発する電波は届く範囲が限られており、こうして近くにいないと受信することができないのである。


 少し工夫すればインターネット回線を経由することもできるが、六条にそのような通信技術の知識はない。


 それにできるだけ祐太郎の傍にいたいという恋心も相まって、マンション裏で彼の声を聞く行為は、六条にとってさほど苦ではなかった。


 むしろ、快感であった。


 イヤホンで、祐太郎の声を聞くというのは、耳元でささやかれているような気がして心地よい。声優のイケボをスピーカーではなく、イヤホンで聞く女性が多いのはこれが理由だろう。


 それも祐太郎の部屋の中で発せられる気の抜けたの声を共有することは、まるで同棲どうせいしているかのようで、六条の胸の奥をむずむずと刺激するのだった。

 

 祐太郎の生活音を聞きながら、六条はスマホでSNSをチェックする。


 もちろん祐太郎のSNSへの書き込みと閲覧履歴を追う。閲覧履歴を追うのは、なかなか難しいのだが、たとえば、祐太郎のフォローしている人達のコメントをひたすら読むとかだ。


 祐太郎はサッカー選手や芸能人をフォローしている。彼らの発言をチェックしておかないと、いざ祐太郎と話すとなったとき、話題に困ってしまう。


 そもそも話す機会がないのだし、別にフォローしている相手が違ったって話題に困ったりしないのだが、六条はそんな妄想に囚われているようだった。


 六条の悩みとしては、祐太郎が属しているローカルなグループチャットが見えないということだ。サッカー部や友人のグループチャットでの会話内容を知ることは、もはや使命とも思えるのだろう。


 見たい。


 本当に見たい。


 が、六条には、さすがに自分の招待されていないグループチャットをのぞく技術はなく、悶々もんもんとしているのだった。

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