第36話 答え合わせとお願い(4)



 ……あのお義母さまを止めるためには、あなたたち二人の協力があるとずいぶんと楽になりますの。分かっているのでしょう?


「別に私の味方にならなくてもいいのよ。お義母さまはウェリントン侯爵夫人で、私は次期侯爵夫人なのだから、お義母さまも、私も、どちらもウェリントン侯爵家に身を捧げているのだもの。だから、二人には、せめて中立であってほしいわ。今は、お義母さまにかなり有利なのですもの」


「大奥様の方が奥様よりも立場が強く、有利であることは確かです。それでも奥様は、そこから自分の利益を得てしまうではありませんか?」

「……ちょっとくらいやり返しておかないと、お義母さまは、延々と、私を試してきそうだもの。あれは、ちょっとした意趣返しでもあるのよ」

「あれで、ちょっとした、ですか……」


 スチュワートが呆れた、と言わんばかりの視線を私に向けてきますわ。これ、ジト目よりも心がえぐられますわね……。


「……………………奥様。具体的には、何をお望みですか?」


 それまで沈黙していたオルタニア夫人が、ついに口を開きましたわ。これを待っていましたの。そうでなければお互いに困ったことになりますものね。


 ……今は、お義母さまが侯爵夫人ですけれど、オルタニア夫人が侯爵家の家政婦になるのは私が侯爵夫人になる時ですもの。私の味方になってほしい、と言えば躊躇しても、中立でいいから、と言えば乗ってくると思いましたわ。そこの線引きが大切なのでしょう?


「あと数日で大夜会ですけれど、その数日間だけでいいのです。お義母さまへの報告を遅らせて、ほんの少しだけ、私の動きを知られないようにしてほしいの」


「奥様は大夜会で、何か、仕掛けるのですか? それは本当にウェリントン侯爵家にとって不利益となりませんか? 大夜会は王家主催の場です。これまでの3つの夜会とは違います。大夜会での問題は困ります」


「お義母さまにとっては私への手出しや口出しが難しくなりますけれど、ウェリントン侯爵家にとっては間違いなく大きな利益があると言えますわ、オルタニア夫人」


 はぁ、とスチュワートが息を吐きました。ため息は幸せを追いやりますわよ?


「……オルタニア夫人が協力なさらないのでしたら、私だけで奥様に協力しても意味がありません。私としては、これ以上、大奥様が奥様を試すことはウェリントン侯爵家のためにならないと考えます。旦那様が婚約破棄された時の慰謝料で侯爵家に損害が出ていますが、それは奥様がまだ婚約者であった頃におっしゃったあの一言で、かなり抑えられました。もう、奥様は十分に、次期侯爵夫人としての力を示されたはずです。それに……」


 スチュワートは一度、私を見てから、オルタニア夫人へと視線を戻します。

 今のスチュワートの言葉から、本来、使用人の最上位である家令のスチュワートよりも、私の筆頭侍女であるオルタニア夫人の方が実際の立場は上だということがわかりますわね……。


「……私やオルタニア夫人が協力しなくとも、奥様は大奥様へ釘を刺すように動きます。その場合、奥様がどこかから毟り取る奥様の利益は大きくなり、大奥様が受ける、何らかの被害も大きくなると思われます。結果として、私たちが奥様に協力することが、奥様に対する歯止めとなりますし、大奥様の被害を減らすことにもつながるはずです。奥様を一番間近でご覧になってきたオルタニア夫人には、今、私が言ったことは誰よりも理解できるのではないかと考えます。オルタニア夫人、どうか、お願いします」


 ……オルタニア夫人に頭を下げたスチュワートの言葉に含まれている、私に向けてのいくつもの棘は聞き流すとしましょう。一応、オルタニア夫人を説得してくれているのですものね。


 私、スチュワート、そしてそわそわしているタバサの、3人の視線がオルタニア夫人に集まります。


 オルタニア夫人は一度目を閉じて、軽くうつむき、それからすっと背筋を伸ばすと、目を見開きました。その微笑みからはどことなく温かさを感じます。


「奥様。今日の午後はマクベ商会との面会、明日の夜はモザンビーク子爵家での夜会がございます。このことについて大奥様に報告しない訳には参りません」


「……そうね」


「ですから、明後日から大夜会までの3日間。その間だけ、大奥様への報告を遅らせましょう。大夜会の準備で大変だという言い訳もできます。私にできる協力はそれだけでございます。それでは足りませんでしょうか?」


「十分だわ、オルタニア夫人。うふふ……大夜会でお義母さまとマンチェストル侯爵家、二つの侯爵家をまとめて、面倒事はばっさりと片付けてみせますわ」

「……そのようなことは口に出さずに隠しておいてくださいませ、奥様」


 面倒なことはまとめて終わらせて、そこから先はいっぱい稼ぎますわ!


「さすがはお嬢さまです」

「……だから、奥様、です。タバサ、あなたは本当に……奥様が大好きなのね」


 タバサを叱るオルタニア夫人の声は、どことなく、いつもよりも優しいものでしたわ。


 エカテリーナは、強い味方を、手に入れた! やったね!





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