フォレスター子爵夫人の成り上がり ~高位貴族というのはとても面倒なので本当は関わりたくありませんけれど、お金がもらえるのなら仕方がありません。精一杯努力することに致しますわ~
相生蒼尉
第1話 転生しても貧乏だった件
貧乏。
もう貧乏は嫌だ。
言いたいことは、それ。
前世でも貧乏だった。
どうにか成功者になりたくて、いろいろと勉強した。
そういうテレビ番組のDVDも、啓発本も大好きだった。図書館利用だったけど……。
でも、貧乏では、何もできなかった。とにかく資金がない。
学ぶだけ学んで、でも、ただひたすら使われ、働かされる、社畜の日々。
生活に必要な、衣食住へとお金は消えていく。
そして、死んだ……。
生まれ変わって9歳で前世を思い出しましたの。
前世とは違う、昔のヨーロッパ風な世界で。
そして、伯爵家という貴族の血が流れているというのに……。
……今世もまた、貧乏だったのですわ。貴族だというのに! 伯爵家だというのに!
伯爵である父は、いい人なのですけれど、まったくもって優秀さは持ち合わせておりませんでしたの……。
祖父は領地経営に失敗した訳ではなかったのですけれど、侯爵家から嫁入りした祖母が散々散財したため、我が伯爵家は大きな借金を抱えることになったのです。
うん、意味がわからないですわ。お祖母さま、節約してくださいませ。
お手上げですわね。
まあ、小さな子どもの頃には可愛がってくれた優しいお祖母さまとしか思っておりませんでしたし。祖父も祖母も、もう儚くなってしまわれたから、何を言っても今さらですけれど。
大きな商会を営む裕福な子爵家から嫁いできた母の持参金と、母が繋いだ商会との縁での借金でかろうじて伯爵家としての体面を保っているだけ。
ちなみに我が伯爵家の借金は、母の実家である子爵家が出資し、経営している商会からしておりますわ。うん、お母さまが我が伯爵家の命綱ですわね。
母の実家が裕福でも、我が伯爵家は貧乏。質素倹約。
その証拠に。
私が15歳のデビュタントで着た白のドレスは、母が十数年前に着たものを、ちょっとだけ手直しをしたものでしたわ。
憧れのデビュタントで、ちょっと色あせた白のドレス。しかも流行は完全に無視の古着。
ダンスの講師を毎日は雇えないから、基本的に母に教わり、練習相手は父か弟。弟ではまともなダンスにはなりませんでしたわね。
それでも私は、まだ祖母が生きていた頃に、伯爵令嬢らしく、育てられた部分があるだけ、マシか、と。弟のライオネルは大丈夫かしら……?
まあ、そういう感じのデビュタント・ドレスが私だけではなく数名存在していたということだけが救いでしたのかもしれませんわね。
もちろん、婚約者はおりませんし、デビューしても見つかりません。釣書もこないわ。
理由は簡単。メリットがないもの。私と婚約するメリットが。
貧乏伯爵家の長女を娶る必要性が、存在しない。婿入り? いえ、跡継ぎは弟。弟を殺して結婚しようなんて、そんなことはちょっとしか考えたことはない。ちょっとは、あるけれど……。もちろん本気ではございませんことよ? ほほほ……。
ああ、もちろん、弟も、婚約者探しは難航していますわ。
母はよく、父に嫁いだものだと思いますわ。祖父同士に親交があったという、そういう縁がなければ私は産まれなかったのでしょう。
私が産まれた時、女の子というだけで一家全員が暗い気持ちになったというから、ひどい話ですわ。女の子の方が、育てるためのお金がかかるという理由で。主に衣装関係で。
もし弟が先に産まれていたら、私はこの世に存在してなかったに違いないですわね。
ちなみに、父の結婚適齢期には既に我が伯爵家は借金が膨らみ、祖父のような親交は、父はどなたとも築けなかったらしいのです。金の切れ目が縁の切れ目とは、まあ、真実なんでしょう。残念過ぎますわね……。
そんな私が結婚できるとしたら。
我が家の借金を軽くすることができる金持ちじいさんの後妻とか、変態おじさんの後妻とか、そういう感じでしょうか……。
ああ、貧乏は、辛い。幸せになりたいのに。
そういう結婚は、もはや結婚という名の人身売買であり、愛人契約や売春と、本質的には違いがないと思うのです。
それに耐えている人はたくさんいるのでしょうけれど。
……貴族って、もっと、こう、いい感じなものだと思っておりましたけれど。前世では。
それでもまあ、明日の食べ物に困るとか、着るものがないとか、住むところがないとか、そういうのに比べればはるかにマシなのだと思えるのは、前世庶民の記憶があるからでしょうか。
できるものなら、成り上がりたい。でも、結局、前世と同じ。
資金がない。元手がない。
領地から入る税収から借金の返済と伯爵家としての生活を守るためのお金を除けば、余剰はないのです。残念ながら。
というか、お嫁に行けない私こそが我が伯爵家の最大の不良債権とも言えますわ。これ、悲しいけれど、現実です。
貧乏で、彼氏となる婚約者もなく、暇だけはある私は、ほぼ毎日、侍女のタバサレラ――タバサと、侍従で護衛のリズドット――ドットを連れて、馬車で30分の王立図書館へ通うのです。
貧乏なのに侍女に護衛に馬車? こういうところが無駄な出費だと庶民感覚の私は思うけれど、それが伯爵家として体裁であり、責務のひとつでもある、らしい。もちろん、安全面もあります。
ちなみに御者はドットが兼ねてますわ。そういう部分は倹約しているみたいです。
タバサは男爵家の娘だし、ドットは子爵家の息子ですね。跡継ぎではなかっただけで。
そんな彼ら、彼女らを雇うことが、伯爵家の責務、らしいけれど? まあ、かなりの部分は見栄でしょうね。
タバサやドットの実家は、うちと同じか、それ以上に貧しい貴族家。タバサは次女でドットは三男です。
家庭教師を雇うのは金銭的に厳しいので、行儀見習いとか騎士見習いとかで、格安で我が伯爵家の使用人として雇われている訳です。教育の一環として。
まあ、平民出身の下級使用人とは違う、上級使用人の扱いだけれど、一応。そういう就職先が確保できただけでも、貧乏貴族にはかなりラッキーなのでしょう。
実際のところ、タバサやドットの給金のほとんどは実家への仕送りへと消えるので、実質的には平民出身の下級使用人の方が、自分で使えるお小遣いは多かったりするのが、泣けますわ……。
ま、そんな貧乏貴族仲間として、私とタバサ、ドットはそれなりに仲良くやってきました。
伯爵家のお嬢さまらしくないとか、図書館令嬢とか、いろいろと社交界で言われているらしいけれど、そういうのはもう、どうでもいいのです。
私がお嫁に行けば、行き先が伯爵家以上なら、タバサやドットごと、我が伯爵家としては不良債権を処理できるのですけれど、それがなんとも難しい。
自分で言ってて悲しくなるけれど。
ああ、資金さえあれば。どこかにお金さえあれば。
そんなことを願っても、お金を拾える訳もなく。
貧乏伯爵令嬢は図書館へ日参するのです。知識を詰め込むために。
そんな私の転機は、ひとりのドクズな男によって、やってきました。
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