第2話 不良債権の買取希望者、あらわる(1)



 通称、タラシ子爵。


 長身、イケメンで、近衛騎士隊所属の、レスタークス・ウェリントン侯爵令息にしてフォレスター子爵。しかも嫡男。侯爵家の跡取り息子。侯爵家の持つ爵位のひとつ、フォレスター子爵を与えられています。

 庶民の町娘から高級娼館の娼婦、遊び慣れた貴族令嬢や、どこぞの貴族夫人まで、女と見れば見境なく手を出し、触れて、揉んで、イチモツを出し入れなさって、子種を放出なさるという噂の、女たらしでドクズな男。


 噂ですわ、あくまでも。かなり真実に近いとは思っておりますけれど。


 レクルティアラ・リーゼンバーグス公爵令嬢にして王孫殿下との婚約が、このタラシ子爵の不貞行為によって破棄されたという極めて不名誉な醜聞が半月ほど前から流れていますから、今は、社交界の時の人。マイナスイメージ方面で。一言で言って、最低。


 ……それでも言い寄る貴族令嬢が続々と現れたというのだから、社交界は怖いですわね。近づきたくもないところです。


 夜会やお茶会にほとんど呼ばれることもなく、ひたすら図書館通いに暇な時間を費やす不良債権貧乏伯爵令嬢の私にでさえ、そんな噂が耳に届く、真正のドクズ。


 そんなタラシ子爵さま――侯爵令息だけれど――が我が家にやってくると聞いたのは5日前。そしてその訪問日は私の外出は禁止され……。ああ、図書館……。


 我が家のそれなりに古風でいい感じの応接室で、父の隣に座る私と、向かい合う位置に座るイケメンドクズ男。


「…………………………フォレスター子爵が、うちの娘と、結婚、です、か?」


 ドクズ男の突然の申し出から、たっぷり10秒は思考停止してらしたと思われる父の隣で、丁寧にお茶を準備しながらくわっと目を見開くという器用な顔芸をしているタバサを、私は視界の端で確認しながら、イケメンのアゴに視線を固定しようと努力しております。


 いや、イケメン過ぎると目のやり場がないですわね。そんなことを思いながら、そのアゴだけに集中いたします。でもアゴだって形がいい。どうなんでしょうね、これは……。イケメン怖い……。


「ケンブリッジ伯爵家のご令嬢は、本を愛する、大変お淑やかで、落ち着いたお嬢様だと聞いております」

「いや、それは、そうかもしれませんが……」


 ……父は、絶対、そう思ってはないけれど。実の娘ですからね。どんな娘かご存知ですものね。


「突然の話で、伯爵も驚いているだろうとは思いますが、どうか、ご一考願います」

「はあ……」

「もちろん、この結婚が成立するのであれば、伯爵家への援助もしっかりとさせて頂くことはお約束できます」

「あ……」


 一瞬で、父が陥落しましたわ。うん。わかります。お金に釣られましたわね?


 父がこっちを見てますわ。どうして私を見るのでしょうね? 商品価値の確認ですかね? いくらぐらいで売れるのか、とか、そういうこと? 父よ、この娘はあなたの最大の不良債権ですわよ?


 まあ、世の中、恋愛結婚なんてものも存在していない訳ではないですけれど、それでも、貴族間では政略結婚が当たり前。我が伯爵家の場合、万が一、私に恋愛ができたとしても、それが結婚につながらないくらい、借金苦がひどいのですけれどね……。


 そんな私に結婚? どう考えても、何かがおかしい。とはいえ、結婚できるかもしれない、というのは正直なところ、嬉しいですわ。


 しかも、格上の侯爵家でございます。

 嫡男が女たらしで噂されるくらいには羽振りもいいので、お金もあるはず。たとえ、高位貴族としての自覚がないような、ろくでもないドクズだったとしても。

 というか、ウェリントン侯爵領はかなり広いし、豊かなところですわね。

 図書館で国内地理はバッチリ、調べてあります。国内だけではございませんけれど。いざ、という時のために。


 ……まあ、公爵令嬢との婚約破棄という醜聞を、早めに塗り替えたいとか、そういうことなのでしょうね、たぶん。


 父が陥落した今、もう、この申し出は受ける方向ですわね。

 我が伯爵家の基準は借金の返済の可能性だけですもの。つまり、私がいくらで売れるのか、ということ。娘を売る父、残念過ぎますけれど、それが貴族の政略結婚です……。


 だからこそ、ここで、この無能な父に任せ切ってしまうのは、よくない。それは悪手でしか、ないですね……。


 ……まず、白い結婚を認めさせること。これが第一。

 いや、このイケメンさんは、ヤリチンドクズ男ですから、とにかく性病が怖いですわ。性病ダメ絶対。嫌ですよ、そんな男は。

 でも、結婚は避けられないというのなら、白い結婚で、性行為はなし。絶対になし。


 まあ、私みたいな平凡な女に、このイケメンさまは興味を持たないと思うけれど。でも、可能性はゼロではないですわ。自分で口にするのは恥ずかしいのですけれど、貴族としての血が流れる私は、平凡でも全世界の女性の平均よりはずっと美しいのですものね。


 という訳で、愛人とか浮気には寛容な感じでいきましょう。そっちはヨソで済ませて頂いて、私は私を性病から守るのです。これは噂通りの人ならきっと喜ぶでしょう!


 あとは、援助の金銭交渉と私の待遇交渉。

 きっちり、もぎ取らないと! 資金となるお金を! そうすれば……くくく……あら、少しはしたなかったかしら……?


 私はイケメンのアゴから、お父様の目へと、目力を可能な限り込めて、視線を移しました。全力目力ですわ!


「お父さま、よろしいですか?」

「あ、ああ……」


 お父様が体ごと、10センチほど私から離れましたわ? 一瞬で。何、その反応?


「子爵さまと、二人で、お話しさせてください。おそらく、お父さまはもう、この申し出を受けられるつもりなのでしょう?」


 そう顔に書いてありますから!


「え? いいのかい、リーナ?」

「良いも悪いもございません。我が家には援助が必要ではございませんか」

「それは、そうだが……」


 言葉に詰まる父。そんな父を見つめるタラシ子爵さまがちょっとだけ首をかしげていた。はて? 今の話に何か疑問が?


「もちろん、この部屋の扉は開けたままにしますし、子爵さまと二人きりではなく、タバサとドットはこの部屋に控えさせます。子爵さまの侍従の方も、もちろん、同じです」

「あ、ああ……」

「突然のお話でしたから、驚きましたが、妻となるのです。子爵さまと言葉を交わすこともなく嫁ぐのはさすがに……」


 私はちょっとだけ肩を落として、悲しそうな顔を作ります。もちろん、演技ですわ!


「わ、わかったよ、リーナ。フォレスター子爵、少し、娘と話してもらっても?」

「……もちろんです、伯爵」

「で、では……」


 父がそそくさと応接室の扉を開けたまま、出ていきました。大変素直でよろしい。これで、舞台は整いましたわ。


 ……うんうん。これでよし。あの父に交渉など、任せてはならないのです。


 私は出て行った父の背が見えなくなると、タラシ子爵さまへと顔を向けます。ただし、視線はアゴに固定ですわ! イケメン眩しい……。


「お時間を頂き、ありがとうございます、子爵さま。改めてご挨拶申し上げます。エカテリーナ・ケンブリッジにございます。どうか、末永く、よろしくお願い致します」

「ああ、レスタークス・フォレスター・ウェリントンだ。リーナ、と呼んでも?」

「どうぞ、お好きに」

「では、リーナ。この結婚を、受けてくれるんだね?」

「はい。ただ……」

「ただ?」

「子爵さまの目的は何なのか、この場でお聞きしたいと思っております」

「……」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る