フォレスター子爵夫人の成り上がり ~高位貴族というのはとても面倒なので本当は関わりたくありませんけれど、お金がもらえるのなら仕方がありません。精一杯努力することに致しますわ~
第3話 不良債権の買取希望者、あらわる(2)
第3話 不良債権の買取希望者、あらわる(2)
たぶん、タラシ子爵さまは変な顔をしているのでしょう。アゴしか見えないけれど。あと、父と同じ雰囲気を感じますわね……。高位貴族としての自覚のなさ、という点で……。
「……目的は、キミとの結婚だよ、リーナ」
「私がお聞きしたいのは、なぜ、私などと結婚したいのか、ということにございます」
「私など、なんて、そんなこと言わないで。キミは素敵な女性だよ、リーナ」
「いいえ、子爵さま。私はデビュタントから3年、ただのひとつも縁談がなかった、貧乏伯爵家の売れ残り娘でございます。素敵な女性ならば、そのようなことにはなりませんわ」
「……本好きの、夢見がちな、大人しいお嬢さんだと聞いていたのだが、どうも、キミは違うようだね、リーナ」
……なんでこの人、いちいちリーナって付けるのでしょうね、語尾に? しかも甘ったるい感じで。うざいですわ、ホント。
確かに私は本好きだし、図書館にはほぼ日参しておりますけれど、どちらかと言えば恋愛小説とかの物語ではなく、地理書、歴史書、政治書、産業書なんかを中心に読んでおりますの。
もちろん、暇潰しで小説も読みますし、なんなら書いてひと山当てたいくらいですけれど!
読書の主目的はいつか資金を手にした時に成功をおさめて成り上がるためなのです。
私はメインが恋愛小説というようなお花畑なドリーマーではないのです。そういう夜9時ぐらいのドラマ的な感じではなく、プ○ジェクトXとか、プ○フェッショナルとか、カ○ブリア宮殿とか、ガ○アの夜明けとか、情○大陸とかのドキュメンタリーが私の心に響くのです。
「そもそも私は、子爵さまとこれまでお話ししたことも、お会いしたことも、記憶にございません。それで素敵だなどと言われましても」
「……夜会にほとんど顔を出さないキミと会えるはずがないだろう、リーナ」
「私、大夜会には毎年、出ていましたわ、子爵さま」
夜会に顔を出さない訳ではないのです。
私が出る夜会は、年に一度の、王宮主催の大夜会だけですわ。デビュタントを迎える人たちが出るあの夜会です。基本的に、ほとんどの貴族があれには出ますね。王家が国内全ての貴族家に招待状を送りますもの。
他の夜会? そもそも招待されないし、されたとしてもまともにドレスのひとつも用意できないのですから、出るのは父と母だけですね。その父と母も、片手の指で足りるくらいしか、夜会には参加していないはずです。
そして、その王宮主催の大夜会では、私はほとんど壁の花。というか、私のような、『古着ドレス組』の貧乏令嬢仲間たちとは、それなりに会話もしますし、仲良くはしているつもりですけれど。彼女たちとなら、安いお菓子と安い茶葉で、お茶会もしますし。図書館で会う貧乏令嬢仲間の妹さんとも仲良くしていますわ……。
そういう感じなので、個人的に顔を合わせる友人と呼べる女の子は、まあ、せいぜい5人、ぐらいでしょうか……。あれ、なんだか悲しくなってきましたわね……。
「……それでもキミは素敵だよ、リーナ」
にっこり笑っているであろうアゴの動きが見える子爵さま。たぶん直視したら暴力ですわね。見ない、見ないわ、それは。あと、やはり父と同じ雰囲気を感じますわね。やはりこの方、高位貴族としての自覚が足りないのでしょうね……ということは、噂はほとんど真実、ということでしょう。
「それで、目的は、何なのでしょう? あの、私も、いろいろと、子爵さまのお話は聞いております。ですから、こう、すっぱりと、本音をお聞きした方が、気が楽なのです。ひとつも縁談がない、惨めな令嬢としては」
「……」
「我が家に対して援助して頂けるのであれば、この場で何を言われたとしても、口外するつもりはございませんし、後ろに控えている者たちにも口外させませんので」
「……はあ。わかった。説明するよ、リーナ」
そこから先は、ある程度、予想通りの内容でした。
公爵令嬢との婚約破棄という醜聞、これを早く鎮めるための新たな婚約の必要性、しかも、可能ならば公爵令嬢よりも先に相手を見つけたいこと。何ソレ、プライドってやつかしら? そういうところだけ高位貴族らしくてつまらないですわね……。
それでいて、自分は、いろいろと、まあ、要するに、まだ遊んでいたいとのこと。ホント、クズですわね。本音を言えと言われて、ソレを言えるところがもう……。
だから、大人しくて、従順そうで、しかも、家格がつり合う相手が必要なこと。はいはい、イケメン乙ですわ!
そして、相手の家に、弱みがあること。つまりはうちの借金ですわね、はい。
……やはり父と同じですわね。女性関係ではなく、高位貴族としての自覚に乏しいところが。うちは没落寸前ですけれど、この方の場合は、国内では最有力の侯爵家。
ご自分の権力に自覚がなく奔放に生きてらっしゃるのなら、婚約破棄したという公爵令嬢は本来、手綱となる予定の方でしたのでしょう。
……このドクズの尻拭いを続ける未来に見切りを付けられたのかしらね? まあ、公爵令嬢ですもの。侯爵家の財産に興味があった訳ではないでしょう。私は、ありますけれどね?
途中で後ろからぽきっ、ぱきっ、という指の関節が鳴る小さな音が聞こえてきましたけれど、たぶん、タバサとドットのどっちもキレてるのでしょうね……。
「……王国の成立期に興った三侯四伯のひとつであるケンブリッジ伯爵家の家格は言うまでもなく、高い。たとえ、今は借金に潰されそうだとしてもね。そして、その借金というのが、こちらとしてはありがたいんだよ、リーナ。ただ、キミについては、噂で聞いていたのと、ずいぶん違うみたいだけどね?」
「我が家が子爵さまにとって都合が良いというのは理解しました。それで、結婚、でございますか?」
「……独身だと、侯爵家を継げないんだよ、リーナ」
「なるほど。家督は継ぎたい。でも女遊びは続けたい。婚約破棄の醜聞はおさめたい。だから、借金と引き換えに家格の高い妻を買い取りたい、と」
「いや、キミ、本当にはっきり言うんだね、リーナ……」
後ろからふんっという強めの鼻息の音が聞こえる。たぶんタバサが「さすがお嬢さまです」とか思っているのでしょうね。
……そもそも私の噂って、誰が流してるのでしょうか? 謎ですわ。
「まあいい。キミがそういう感じなら、こっちも遠慮はいらないだろう。伯爵家の借金についてはこちらで援助できる。キミはまずはフォレスター子爵家へ嫁入りして、いずれはウェリントン侯爵家へ、侯爵夫人として……」
「お待ちください、子爵さま」
「え?」
「一方的な条件提示に従うつもりはございません。確かに、借金のことで、我が家の方がこの結婚における立場はよろしくないでしょう。それでも、子爵さまの妻となるからには、私としましては、きちんと話し合って条件を整えたいのです」
タラシ子爵さまのアゴに集中してるからはっきりとはわからないけれど、子爵さまの後ろの侍従がなんか変な動きをしてますわね。動揺してるのでしょうか? 予想外の反応だったのかしらね?
避けられない結婚になるとはいえ、このような毒劇物のような方との縁は大変な苦労が伴いますわ。タダでは引き受けられません。お高いですわよ?
避けられないのであれば、覚悟は決めて。要求はしっかり通す。相手は格上の侯爵家です。命懸けの結婚となるのですもの、私の夢の実現のために、もらえるものは全部、頂きたいですわ。
「……まずは、キミの条件とやらを聞かせてくれるかい、リーナ?」
タラシ子爵さまからお許しは頂きました。準備完了ですわ。エカテリーナ、行きます!
「ではまず、この結婚は白い結婚でお願いしたいと考えています」
「え?」
「え? ダメなのですか?」
「あ、いや……」
今度はタラシ子爵さまのアゴが変な動きになってますわ。動揺してるのでしょうか? でも、どこに動揺するポイントがあったのでしょうね?
「……白い、……結婚?」
……そんなはるかなる北の大地の有名なお菓子みたいに言われましても。
「はい、白い結婚でお願いします。これが第一の条件です」
「だ、だが、侯爵家には跡継ぎが必……」
「跡継ぎなど、問題になりません。確か、ウェリントン侯爵家の、子爵さまの弟君であるロベルティアーノ・ウェリントンさまは、サラスケイト・ロマネスク伯爵令嬢とご婚約なさっていますよね? 次男次女の婚約ですし、結婚なさったら侯爵家の持つ爵位のひとつを一代限りで与えられるのでは? そちらから本家である侯爵家の跡継ぎを養子として引き取れば済むことでしょう?」
「……う、うちの事情に、ずいぶんと詳しいね、リーナ?」
「このくらいのことは、どこででも耳にするものです。まあ、子爵さまがどこかで産ませた子を引き取るという手もありますが望ましくはないかと……」
「あ、いや、その、キミ、それでいいのかい? リーナ……」
……大夜会では表向き、そんな話しか聞こえてきませんけれど。誰と誰が婚約した、実は誰と誰が恋人だ、誰誰が何々を買っていた、誰と誰はもう深い関係だ、とか、そんな話ばっかりですわ。実に中身がありません。中身のある会話はああいう時、別室ですものね。
「とにかく、ウェリントン侯爵家の現状から、私が子爵さまと白い結婚だったとしても、特に問題はないかと。跡継ぎ程度の問題なら、もう全く、問題になりません」
……逆に、そうでない場合、私としては大問題ですわ! 性病が! 怖過ぎますわ! ヤリチンドクズとの夜の生活とか耐えられませんわ! 毎日性病に怯える暮らしなど許容できかねますわ!
「白い、結婚……」
「はい。大前提として! まず、白い結婚でお願いします!」
タラシ子爵のアゴが下がって、下唇が見えました。あれ? ひょっとして、ぽかんと口を? まさか、そんな、ねぇ……。
「第一条件は白い結婚です!」
私は、この人、下唇だけでもなんか色っぽい人なのですわね、とか思いながら、そう言い切りました。
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