第4話 ほぼ人身売買契約、でもそれでもいいの(1)



「第一条件……」


 なんだか、打ちのめされたかのように、タラシ子爵さまの色っぽい唇が動いて、つぶやきが漏れました。


「はい。そして、次に、我が家の借金について、ですが……」

「次に、借金……?」


 動揺してらっしゃるみたいですけれど、これはチャンスと捉えましょうね。うん、チャンスでしかないですわ。押し切ります! エカテリーナ、どんどん行きます!


「子爵さまは、どうやら事前にお調べになったようですね?」

「あ、ああ。伯爵家の借金はおよそ20万ドラクマだと聞いて……」

「そのうち10万ドラクマを援助して頂きたいと思います」


 我が伯爵家の借金はおよそ20万ドラクマ。私の前世的感覚でこの金額はだいたい20億円ぐらいですわね。1万ドラクマで1億円という感じ。テキトーですけれど、だいたいそんな感じでしょう。


「10万ドラクマ? 半分なのでは? それで伯爵は納得……」

「お父さまには納得して頂きますのでご安心を。元々、全額、援助なさるおつもりだったのでしょう? それならば残りの10万ドラクマは、私の個人資産として頂きたいのです」

「わ、私の、個人、資産……?」

「はい。この結婚において、子爵さまの妻という大役を引き受けるのは私でございます。借金が半分になるだけで我が家はずいぶん助かります。けれど、それでは私の利がございませんもの」

「私の、利……?」

「この身を差し出すのです。高位貴族の妻という大役は一言では言い表せない苦労がございますでしょう? ですから、私は私の利を求めます。まあ、身を差し出すといってもあくまでも白い結婚ですが。ここは譲れませんわ」

「白い、結婚……」


 ……あれ? また動揺されたような感じが? この方、白い結婚ってNGワードなのでしょうか? まあ、こっちとしては相手が動揺しているのは都合がいいのですけれど。どんどん押し切りますわよ!


「私は我が家を継ぐ訳ではございません。継ぐのは弟です。姉と弟、たった二人の姉弟です。姉が背負う我が家の借金は半分でよろしいと思いませんか?」

「何、その理論……」

「残りの10万ドラクマの借金は跡を継ぐ弟がどうにかすればよいと思うのです。それに、半分とはいえ、借金の元本が減るのですからずいぶん助かるはずです。これで姉としての責任は果たしたと私は考えます。身勝手ですが。続けて、他の条件を伝えても?」

「あ、はい。どうぞ……」

「白い結婚で、お飾りの妻ではございますが、子爵家で、いずれは侯爵家でも、女主人としてきちんと尊重して頂きたいと思います。当然のことかと思いますが、その当然のことがなかなか守られないこともございます。ですから、きっちり、お約束を。もちろん、その代わり、子爵さまの愛人、浮気、その他もろもろの不貞行為には目をつぶりますわ」

「目を、つぶる? 不貞、行為に?」

「ですけれど、私、先程子爵さまがおっしゃったように、ほとんど夜会にも顔を出したことがございません。社交は子爵夫人、また侯爵夫人として最低限でお願いしたいです。我が儘で申し訳ありませんけれど。夜会に出たければ愛人でも連れてどうぞ」

「社交は、最低限……? 愛人を連れて……?」


 ……どうしたのでしょうか? 交渉中だというのに、なんだかずっと動揺していらっしゃるようですわね。この方が次期侯爵などと、本当に大変ですわね。まあ、今は本当に都合がいいので、今のうちにもっともっと押し切りましょう! エカテリーナ、さらにガンガン行きます!






 ……という訳で、いろいろと取り決めました。

 もちろん、ドットが用意した紙とペンで正式に契約内容を通常3枚のところ、4枚分契約書を用意しまして、我が伯爵家、侯爵家、私、法務局でそれぞれ保管することに。ばっちりですわ。

 法務局保管まですればもうばっちりですわ。契約内容をそれぞれが偽ることができませんもの。


 まず、白い結婚。

 これは絶対に譲れないので盛り込みました。しかも、この点についての違約金は20万ドラクマと高額設定ですね! 我が伯爵家の現在の借金と同額です!

 別に私の貞操はお高いわよ、などと自信を持っているのではなくて、タラシ子爵さまの性病の危険性がお高いのです!

 なぜかタラシ子爵さまは、白い結婚にとても動揺してらっしゃいますわね。やっぱり自分でも性病に気づいてらっしゃるのかしら……。怖いですわ……。


 次に我が伯爵家への援助金として10万ドラクマ、私の個人資産として10万ドラクマ、合計20万ドラクマ、頂戴しますわ。

 うーん、金持ちって、すごいですわね。一気に資金が手に入りましたもの。びっくりですわ。何に使いましょうか……。


 そもそも我が伯爵家では私の結婚に持参金を用意できません。まあ、身売り同然の嫁入りです。言ってみれば、我が伯爵家が20万ドラクマの援助金をもらって、その半分の10万ドラクマを私の持参金として持って行かせるようなものです。10万ドラクマなど、きちんと領地経営で成功している伯爵家から侯爵家への嫁入りであれば当然の金額とも考えられる訳で。


 うん、そういうことでしょう! そういうことにしましょう!

 追加で、これ以上の伯爵家への援助はしないということも明記されています!

 金持ちの家に嫁いだからといって高位貴族の妻として大変な中、実家から頼られるのはごめんですわ! お父さまとか、頼ってくることが目に見えますもの! 弟ならまだしも、父が頼ってくるとか絶対に許せませんわ!


 タラシ子爵さまとすると、用意していた20万ドラクマが誰の手に渡っても関係ないでしょうし、特に問題はないはずです。

 ぐふふ……10万ドラクマ、何しようか……あら、いけませんわ。品位を保たなければ。


 結婚できない可能性も高かったのに、10万ドラクマも頂いて結婚できるとか、タラシ子爵さまは神かもしれませんわね。タラ神。あと、この10万ドラクマに関しては、婚約破棄した公爵令嬢にも感謝を捧げたいです。

 まあ、高位貴族の妻という重い責任を考えれば、10万ドラクマなんて安値しか付かない私の価値がその程度とも言えますわね……。


 とりあえず!


 エカテリーナは、資金を、手に入れた! やったね!





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