第5話 ほぼ人身売買契約、でもそれでもいいの(2)



 他にも、女主人として尊重すること、社交は最低限でよいこと、どちらも受け入れてもらえました。はっきりと契約にあることが大切ですわ。


 ただし、社交については、もう少し具体的に設定されています。


 夜会は、王宮主催の大夜会は必ず出席。

 その他、ウェリントン侯爵家主催の夜会、お茶会などは基本的に出席。基本的にというのは、病欠を認めてもらうという点ですわね。あと、物理的な距離で無理な場合。旅行中とか、ね。あ、もちろん仮病はしませんよ?

 同格と考えられる他の侯爵家の夜会やお茶会は基本的に行かないでよい、と。格上の公爵家以上の場合は、状況次第で応相談。格下なんて不参加。もちろん不参加です。あ、数少ない友人との個人的なお茶会とかは別ですわよね。


 この点についての違約金は100ドラクマ、もしくはそれに値する何か。物納ありで。交渉は必要ですけれどね。


 私的には違約金が100万円も頂けるということに。ぐふふ……。行かなくてもよい、行きたくない夜会に、子爵さまの都合で参加すればそれだけで100万円……。2、3時間ほど壁の花になれば100万円とは最高のバイトですわ……まあ、侯爵家の嫁として参加する場合、そんな気楽なものではありませんけれどね。だからこそ、100ドラクマくらいは頂きますわ。


 子爵さまにとって100ドラクマなんて気にならないレベルらしいのはびっくりですわね。貧乏伯爵家とは感覚が違い過ぎて困ります。やはりこの方、高位貴族としての自覚が足りないわ。尻に敷かないと、尻拭いばかりさせられそうですわね……。


 まあ、他にも、タバサとドットを連れて行くこととか、認めてもらいましたわ。

 子爵さまは、え、二人だけなのか? みたいな感じで、5、6人はかまわないとかおっしゃるけれど、貧乏伯爵家にはそんなに上級使用人は存在しておりません。でも、新たに雇ってもいいらしい。うーん、考えどころですわね。


 結婚に関する諸費用は侯爵家が支払うとかも、当然という顔で子爵さまは認めてくれました。その時、お顔を直視してしまったけれど、本当にイケメンでしたわ……。あれはやばいです。危険です。誰も見てはならぬ……。


 契約書を4枚準備して、支援金で抵抗する父をかなり強引に納得させて、私の婚約は無事に成立。


 お帰りになるタラシ子爵さまをお見送りしたけど、なんだか、来た時と違って、すごく背中が疲れてらしたわね。どんまい。頑張ってくださいませ。侯爵家を継ぐのでしたら、この程度の交渉、平気で笑って済ませてほしいものですわ……。


 去り行く侯爵家の馬車を見ながら、タバサが「さすがはお嬢さまです。あの、とてつもなく美しいお顔に、これっぽっちもなびかないのですから」と言った。


 ……いや、そうでもないですわよ? 1回、直視しましたけれど、その時はやばかったですもの。






 そこから十日後には、我が身ひとつでウェリントン侯爵家にお部屋を頂いて、婚約者としての嫁さん教育がスタート。大変でしたわ。でも、頑張りました。

 その5日後には親戚関係への婚約者のお披露目。

 例の公爵令嬢よりも先に再婚約という課題もクリアして、侯爵家としては安心、だといいですわね。


 一方、私は、社交界に流れた婚約の噂で『古着ドレス組』の貧乏令嬢仲間のみなさんからどんどん真偽を確かめる手紙が届いたり、その中に借金の申し込みがあったり、お金は貸せないけど侍女の枠が空いてますわよと紹介してお友達を新たな侍女として雇ったりと、まあ、いろんなことがありました。


 ちなみに、婚約者として侯爵家で生活する私の侍女は、とりあえずタバサ。


 そのタバサが入浴の世話をしてくれながら「……お嬢さま、わたくし、まだこちらの侯爵家では侍女見習いの扱いなのですが、あの、給金は伯爵家の4倍になりまして……」とまあ驚きましたわ……。さすが金持ち侯爵家。


 そこで私は「いい、タバサ? 実家への仕送りは増やしてはダメ。いい? ダメよ? いくら貧乏伯爵家とはいえ、ケンブリッジ伯爵家にもプライドはあるの。だから、仕送りは今まで通り。いい? タバサのためではなく、伯爵家のために仕送りは今まで通りで。……その分、タバサが自分で使うお小遣いの金額がとても増えるのよ。たまに実家に帰る時にちょっといいお菓子でも買って帰れば十分よ。仕送りは今まで通りでお願いね」とくれぐれもタバサに、伯爵家に恥をかかせないように言い聞かせました。


 タバサも「わかりましたお嬢さま。仕送りは今まで通りでやっていきます!」とにこにこ笑顔。うん。それでヨシ! これぞウィンウィンな関係! ケンブリッジ伯爵家の名誉は守られ、タバサのお小遣いは増えるのですからね!


 お友達の『古着ドレス組』のアリー――アリーミレイ・レキシントン男爵令嬢とユフィ――ユフィリア・バステイン男爵令嬢の二人を、頼まれた借金を断る代わりに新たな侍女見習いとして雇い、タバサも含めた三人の指導役も兼ねて侯爵家から付けられたオルタニア夫人が私の筆頭侍女になりました。


 オルタニア夫人は子爵家の令嬢出身で、12歳から侯爵家の行儀見習いでお義母さまの侍女として務め、執事のひとりと結婚した人、らしい。オルタニア夫人は私の教育係兼相談役も兼ねています。まあ、もちろん、監視も、ですわね。


 もう一人、クリステル・オルブライト男爵令嬢も侍女。

 ただし、クリステルは侯爵家の寄子の男爵家出身でしかも武門の子。実は女騎士で、護衛だったりする訳です。

 ちゃんと男性の護衛騎士も、侯爵家の騎士団から派遣されていますけれど、女性で側にいる護衛として重要なポジションみたいですわ。騎士なのに髪を結うのも上手って、どういうこと? ちょっと他の侍女より力強いけれど。


 侍女だけで5人って侯爵家っておかしくないですかね? 護衛の騎士も交代で常に二人はいますし。いえ、おかしいのは没落寸前のケンブリッジ伯爵家の方ですわね……。


 まあ、そんなこんなで相変わらず見目麗しい婚約者さまはできるだけアゴしか見ないように接しつつ、結婚式での誓いのキスで性病がうつらないか、とてつもなく不安になってマリッジブルーになってしまったりしながら、結局、式での誓いのキスの瞬間、そっと顔を背けることで、眩しいイケメンから目をそらしつつ、唇が触れ合わないようにして乗り切ったりしまして。頬なら病原菌には感染しませんわよね……?


 とりあえず、あの契約の日からおよそ4か月という、通常の婚約からの結婚よりもかなり早いタイミングで、タラシ子爵さまのお嫁さんにスピード就職しましたので、ございます。怖いわ、高位貴族のゴリ押し……。


 そして、私の成り上がり物語は幕を開けるのですわ。


 ……と、都合よく、思ってみたり、しております。





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