第11話 お茶会は楽しい(かもしれません) (2)



「え、それは本当ですの?」

「マダム……シンクレア……」

「エカテリーナさまは、もう遠くへ儚くなってしまわれたのね……」


 いやいや、勝手に殺さないで、アリステラさま!? 私、まだ生きてますから!?


「ウェリントンのお義母さまが、どうしても、と……」

「やっぱり侯爵家ともなると、違うんですのね」


 どうも、エカテリーナです。

 本日もお茶会です!


 フォレスター子爵家の我が家で!


 お友達――『古着ドレス組』の貧乏令嬢仲間たち――を招待しての、現フォレスター子爵家では、初めてのお茶会です!


 招待したのは、ノーザンミンスター子爵家のマーガレットさま、ラザレス男爵家のイスティアナさまとその妹のアリステラさま。アリステラさまは図書館仲間ですね。まだデビュー前ですわ。


 今回は領地にいるからとお断わりがあったグラスキレット子爵家のオードリーさまと、今は私の侍女となってそこに控えてくれてるレキシントン男爵家のアリーとバステイン男爵家のユフィを加えて、『古着ドレス組』の貧乏令嬢仲間たちです。


 侍女になった二人は、近くに侍っていても、ここでの会話には加われないけれど。


 契約で、社交は最低限でいいとなっていますけれど、私が私のお友達を呼ぶのは、見えないところで溜まってそうなストレスの発散のためにも、必要でして。


 ……まあ、私がこのお茶会を開くと決めたから、お義母さまの呼び出しがあった、と。そう思いますわ。侯爵家としての家格でのお茶会というものを見せる、という予行練習みたいな。お義母さまというより師匠って感じですわね。


 今、お出ししているお茶の葉も、お菓子も、この前、お義母さまに呼ばれたお茶会と同じものです。さすが優秀な家令のスチュワート、手配が早いですわ。


 場所は庭ではなく、応接室を使っておりますの。ウェリントン侯爵家……本家のお屋敷ほどの広さはないのですよ、この子爵家では、さすがに。もちろん庭はあるし、アジサイも綺麗に咲いているけれど、さすがに東屋とかはなくて、ですね。

 庭用の椅子とテーブル、日除けの大きな傘なんかを用意できなくはないけれど、ちょっと面倒でして。もちろん、命じたらすぐにできちゃうくらいたくさん働き者の使用人はいますわよ?


「……今年も、ドレスはどうしたものかと、家族みんなで頭をひねっていますわ。婚約者探しのためにも、大夜会には出ないといけませんし」


 正確には、私たちのような『古着ドレス組』の貧乏令嬢の家は、大夜会以外の夜会にはほとんど招待されることはないので、大夜会で結婚相手を探すしかないのです。


「出ても、婚約者は見つかりませんけれどね……。それに、我が家はこの子、アリステラがこの秋にデビューですもの」

「そうでしたわね。では、イスティアナさまがあの時に着てらした白のドレスを?」


「そうしたいのですけれど、アリステラの方が少し、私よりも背が高いでしょう? 大は小を兼ねると申しますが、その逆はちょっと……」

「白は、特にお高いですものね……」


「背も高ければ、お値段も、と。笑い話で済ませられるのならよいのですけれど」

「ドレスの話など、まだましですわ、お姉さま。ウェイマス男爵家など、タウンハウスを手放すかもしれないという話があるのですもの。それに比べれば……」


 せっかくのデビューだというのに暗い話ですわね。私たちも同じでしたけれど。

 だから、アリステラさまもそんなに悲しそうな顔をしなくてもいいのよ? 仲間ですわ。みんな仲間ですから。貧乏なのは。


 ……でも、ドレスなら、今の私には、手助けできるの。そう。できるわ。だから、どうやって話をそっちにもっていくのか、が大切だわ。


「暗い話はこれくらいで、明るい話題に変えましょうよ」

「あら? マーガレットさまは明るい話題をお持ちでして?」

「私にはございませんわ。でも、エカテリーナさまにはございますでしょう?」


 はて? ありましたでしょうかね?


「近衛騎士の中でも一、二を争う美形のお方へと嫁いだんですもの。幸せそうなお話を聞かせて下さいませ。そうすることで少しでもその幸せを分けて頂きたいですわ」


 ……いや、ないでしょう? 嫌味ですか? 嫌味ですわね? あれはどんなにイケメンだったとしても、中身はヤリチンドクズだから!


「……直接お会いしたことはございませんが、とてもお美しいお方だという話は、耳にしましたわ」


 遠慮がちにイスティアナさまが話を合わせる。この遠慮は私に対して、でしょうね。みんな、うちの旦那様がドクズであるということは知っているのです。噂で。有名ですもの! 不貞行為で公爵令嬢に婚約を破棄されましたから!


「去年の騎士武闘会の近衛の部では、兜を外したフォレスター卿が額の汗を拭う仕草を見ただけで、気を失いそうになったご令嬢が何人もいたらしいですわよ?」


「……旦那様には、そんな噂がございましたのね」


 噂……いや、事実でしょうか? あのイケメンフェイスならあるかもしれませんわ。


 でも、騎士武闘会なんて見に行かなかったから知らないわよ!?


 ……いけない、いけない。脳内言葉が乱れてしまいますわ。ちなみに騎士武闘会に近衛の部があるのは、近衛騎士が他の騎士と戦って負けちゃうと、ねぇ……そういうことです。


「そんな令嬢のみなさまの憧れの近衛騎士さまとのご成婚ですもの。本当に羨ましいですわ」


 にっこり笑うマーガレットさま。


 うん、嫌味ですわね? それとも金持ちに嫁いだ私に対する嫉妬でしょうか? たぶん両方なのでしょうけれど。


 あ、そういえば、マーガレットさまは、私の侍女候補からお義母さまが外したって聞いた覚えがありますわね。その恨みかも? 「子爵家からの侍女もほしいけれど、あれではね……」とかなんとか、おっしゃってたような……? 何が落選要因だったのかは知らないけれど、選ばれなくてよかったみたいですわね。


 イスティアナさまとアリステラさまは困ったように微笑んで沈黙している。この二人はいい人ですわね。


 ……うん。マーガレットさま……ノーザンミンスター子爵令嬢との付き合いは、今後、考えていかないとね。気持ちはわからなくもないけれど、こうしてお茶会に招待するくらいには、これまで通り仲良くしようと思っていましたからね? 私は。


 私が伯爵家だったから選ばれた、子爵家だから自分は選ばれなかった、同じ貧乏令嬢だったクセに、とか、そんな風に考えてそうですわね。


 せめて、貴族令嬢として、そういう気持ちはあったとしても、私との繋がりがこの先に生かせるように、もう少し本音を隠しておけばいいものを。


「ねえ? エカテリーナさま? どんな幸せが、新婚生活にはございますの?」


 こういうケンカ、真正面から買ってもいいし、格下には徹底的にそうするようにお義母さまからはご指導を受けてはいるけれど。


 今回は、はぐらかす方向でいきましょう。そして、今後、彼女とは距離を置くことで、このケンカを処理する、と。


 でも、この先、秋からの社交シーズンになったら、ノーザンミンスター子爵令嬢みたいな連中を何度も相手にしないとダメなのか。面倒ですわ……。


「そうですわね。私が一番、幸せに感じましたのは……そう、ランドリーメイド、ですわね」


 そう、しみじみと言ってやりました。


「……ランドリー、メイド?」


「ええ。うちには、ランドリーメイドが専属でおりますの。4人」

「まあ……」


 思わずそう口から出てしまったイスティアナさまはとっさに扇を開いて口元を隠し、アリステラさまは私の手に注目した後、自分の手へと視線を移した。

 ノーザンミンスター子爵令嬢も目を見開いて驚いている。予想もしない話題だったのか、とっさに扇を開くこともできなかったみたいですね。口が開いてましてよ?


 そう、ランドリーメイド。しかもランドリー専門の。これ、お金持ちの証。


 実家……ケンブリッジ伯爵家だと、メイドはいわゆるオールワークスメイドなのよね。なんでもやるのよ、なんでも。分業なんてしないの。そんな人数、いないですし。メイドどころか、侍女のタバサだって手伝うし、なんならお嬢さまとして悠々自適な生活をするはずの私まで、シーツを絞る時とか干す時とか、手伝わなきゃいけないこともありましたし!


 手が! 手が荒れないの! このお屋敷だと! 荒れてた手がどんどん治るの! 治癒魔法のかかった聖地なのかと思ったわ、このお屋敷が……この世界に魔法なんてないですけれど……。


 この私に、色恋の幸せなんてある訳ないですから。


 でも、色恋の幸せよりも、私としてはもっと幸せを感じるのよ。いいわ。最高よ、ランドリーメイド。ホント、幸せだわ……。


「……本当に、羨ましい話ですわ」


 ぽつりとそう言ったアリステラさまの一言に、みんな、しみじみとしたみたいで。

 おそらく、ノーザンミンスター子爵家よりも、さらに厳しいであろう状態の男爵家、しかも女の子ふたりという、かつての私と同じ不良債権が2倍も!


 きっと心の叫びよね、これは。わかるわ……。


 まあ、そんなこんなで、洗濯とか掃除とかの苦労話で盛り上がるという、ちょっと変な感じのまま、お友達とお友達だった人とのお茶会は終わりました。






 翌日、お茶会に来てくれたことのお礼をお手紙にして出したけれど、ノーザンミンスター子爵令嬢には「また来てください」とは書きませんでしたよ、もちろん。

 でも、イスティアナさまとアリステラさまには、「また誘わせてくださいね」と書いたけれど。


 こんこんこん、というノックの音。

 侍女のタバサが確認して、家令のスチュワートが音もなく入室してくる。何者?


「奥様がお呼びだと聞きましたが?」

「スチュワート。使用人を増やそうと思うの。準備してもらえるかしら?」


 そうして、私は、少しずつ、動き出す。





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