第12話 ドレスは高い



「お初にお目にかかります、奥様。どうぞ、シンクレアと、お呼びください」

「わざわざ来てもらって悪いわね、シンクレア。エカテリーナ・フォレスターよ。これからよろしくお願いするわね」

「はい。よろしくお願い致します、奥様」


 そういう挨拶から、採寸は始まった。


 ……おおう。マダム・シンクレア本人ですわ。弟子でもやってくるかと思ってたら本人来ましたわよ。すごいわね、侯爵家の力は。


 メジャー紐で体中を測られ、布をあてられて色合わせをして……って、色合わせの布、大きくないかしらね? そのまま、ドレスの布に使えそうだけれど?

 実家でドレスを作った時は、もっと小さい布でやったような記憶が……。


 ……はっ! そういう布の大きさがもう、ドレスメーカーの格の違いということ!?


「……金糸の刺繍、ですか?」

「ええ。宝石商に、そこのブルートパーズをいろいろと用意させたの。旦那様の瞳に合わせて。ピッタリでしょう? ですから、ドレスには旦那様の髪に合わせて、金糸の刺繍がほしいのよ」


「素敵なブルートパーズでございますね。奥様には青いドレスを、と考えておりました。ですが、それならば、ドレスの色にこだわらなくともよろしいですね。奥様に似合う色を考えましょう」


 いや、もうね。あえて口には出さないけれど。心の中だけですわよ?

 スチュワートが手配した宝石商は優秀でしたよ、はい。旦那様ではなく、スチュワートが!


 ブルートパーズのイヤリングを付けられて、肩にいろんな色の布をあてられて。ブルートパーズのネックレスを付けて、胸にいろんな色の布をあてられて。ブルートパーズの指輪を……以下同文ですわ。


「……シンクレア、ずいぶん、色が多いようだけど?」

「侯爵夫人からは5着、ドレスを用意するようにとお話を頂いておりますが?」


 疑問に疑問で返されたましたわ!?


 え? 5着? マダム・シンクレアのドレスを5着? 何? 大夜会で私、お色直しとかするのかしらね? なんで?


 1着300ドラクマを下らないって噂なのだけれど!? マダム・シンクレアのドレスは!?


 1500ドラクマ!? 服飾費、足りるのかしら? それで? ……あ、足りるわね。私の服飾費って5万ドラクマだったわ。よく考えたら余裕だったわ。


 そんなこんなで内心の動揺を隠しながら、色、柄など、デザインが決まっていく。


 なんか、さささってデザイン画を描いちゃうのよね、こういう人。もちろん、本気モードではなく、この場でできる範囲のデザイン画なのでしょうけれど。


「奥様、何か、気になるところはございませんか?」

「そう、ね。あの、胸が……」


「胸、で、ございますか?」

「ええ。胸が、まだ、大きくなってるみたいで……」

「まあ……」


 マダム・シンクレアが楽しそうに笑う。平民はこういう時、貴族令嬢よりもずっと感情豊かですわね。


「もう成長期ではないと思いますが……」

「そうなのよ。でも、大きくなってるのは本当なの」


 19歳だから成長期なんて今さらありえないですわ。もちろん妊娠ではございませんことよ? だから、たぶん、実家の伯爵家と違ってここの栄養がいいのよ! いや、嬉しいのよ? そこが大きくなることはね?


「背中の合わせの部分は、当日、ボタンを付けるようにして、余裕を持たせましょう。ですが、奥様。他の部分は……」

「わかってるわ」


 お腹ですよね? 気を付けますよ? もちろん? 大丈夫、そのために食事量は減らしてもらってますから。でも、栄養が胸にいくみたいなの。嬉しいけれど。


 さて。用事が終わればお茶の時間です。

 マダム・シンクレアをもてなす訳です。あくまでも私室で。公的には、難しいことだからね。


 お茶会には、二大ドレスメーカーだとしても、招待はできない。マダム・シンクレアは平民だから。

 ただし、お亡くなりになった時に、名誉として爵位が贈られたりすることはある。死んでからなら、爵位だけで何も発生しませんものね……。うまいやり方ですわ……。


 本日の私の狙いはこっち。このお茶の時間の方。ドレスは正直、どうしようもない。お義母さまが決めたことに逆らうつもりはないですからね。


「ねえ、シンクレア」

「何でございましょう、奥様」

「うちの子爵家にも、針子が必要なの。ほら、私、結婚して、この屋敷を準備したばかりで、いろいろと、ね」

「針子、で、ございますか?」

「ええ。3年から、5年くらいの、まだシンクレアのところで修行を始めて、短い子でいいのよ、短い子で。それで、3人、私のところで雇わせてもらえないかしら?」


 こういう引き抜きは、普通にあることで。

 マダム・シンクレアのところで修行しているとはいっても、そこから先、独立して新たなドレスメーカーとなれる子は一握りしかいない。


 それに、10年以上、務めているベテランがほしいと言っている訳ではない。短い子でいいのよ。それで十分。

 実際、マダム・シンクレアの後ろに立っているお弟子さんの中には、この話で目を輝かせている人が何人かいるし。


 ……まあ、フォレスター子爵家には針子、いますけれどね、3人ほど。もちろん専属で。うん。お金持ちすごいわ。今日も黙々とお手伝いをしていましたよ?


「……このお話は持ち帰らせて頂いても?」

「もちろん、そうして。でも、期待してるわ。針仕事だけでなく、デザインが好きな子も歓迎するわ」


 私はできるだけにっこりと微笑んで、マダム・シンクレアに笑いかけた。セリフは、後ろのみなさんに聞かせるために言ったけれど。






 ……3日後、希望者が7人という連絡があったことで面接を翌日に。旦那様があんまり帰ってこないから、私、暇があるのよね。


 独身の子は神殿でシスターさんに貞操検査を受けてもらう。これ、大事なんですって。うちの旦那様のお手付きになった時、誰の子なんだ問題にならないようにって。何それ……。


 うちの女性使用人で未婚の人は毎年一度、受けることになっているらしいのよ。ということで、うちで雇う女性使用人は未婚なら処女が条件……あ、まさか、侍女候補から外されたノーザンミンスター子爵令嬢って……?


 ちなみに旦那様のお手付きになったら即報告するように女性使用人には徹底されていますわよ。今のところ報告はないみたいだけれど。


 ちなみに私も、結婚前に受けましたよ? もちろん、検査したシスター3人、全員から貞操証明を受けましたとも。ええ、立派な処女ですが、何か? そして、結婚後の今も処女のままです。


 これ、別に結婚前に処女でないとわかっても、即、結婚中止とは、ならない。結婚後、一度女の子の日が来るまで、初夜をお預けになるだけ。だけ、じゃないわね。とっても不名誉なことでは、ある。でも、そういう話は毎年のように噂になってるから、珍しいことでもないですわね。


「……雇うのは、侯爵領の者を、と申し上げたはずですが?」


 スチュワートが渋い顔をしている。でも、まあ、こればっかりは、ね。


「……今回の針子については、マダム・シンクレアのところで働いていたということが大事なのよ」

「奥様が、そういう見栄を張る方だとは考えておりませんでした」


 見栄を張るつもりはないのですけれどね?


 とりあえず、3人、マダム・シンクレアのところから針子を雇いました。デザインもやってみたいという意欲的な人を優先で。


 なんと、7年、6年、4年と、私の希望よりも長く働いていた針子さんが! これは、即戦力になるかしら? それとも、元からいる針子さんと対立とかするのかしら?


 ……そんな心配は必要なかったです。マダム・シンクレアのところで働いていたというネームバリューで、いろいろと教えてもらえるとかで。元からいる針子さんたちもすごく喜んでます。


「……奥様が雇いたいとおっしゃっていた使用人については、侯爵領で募集しますので。これは譲れませんよ?」

「王都の孤児院の子とかでもいいと思うけれど? ほら、慈善事業のひとつとして?」


「孤児院の子だとしても、侯爵領にも孤児院はあります。それに、フォレスター子爵家……というよりはウェリントン侯爵家、ですね。侯爵家と直接つながる子爵家で働けるとなると、募集をかければ応募が殺到致します。この前も申し上げましたが、ウェリントン侯爵家は、ウェリントン侯爵家の中でできる限り動く。これが基本でございます」


 ……まあ、端的に言えば内需拡大政策、ということよね。他の領地から雇った使用人が実家に仕送りすれば、そのお金はウェリントン侯爵領で回らないもの。


 こういうことを徹底できなかったから、というのも実家のケンブリッジ伯爵家が落ちぶれた原因のひとつなのかもしれませんわね……。


「使用人部屋の空き、全部埋めてね?」

「雇い過ぎかと。この話も前に……」


「私もこの前、説明したわよね? あくまでも『見習い』として働かせて、その中から本採用する『使用人』を選ぶ、と。そのことも前もって伝えた上で、募集するのよ?」


「……雇うと見せて、最後は期待を裏切られる訳です。領民に恨まれても知りませんよ、奥様?」


 ……恨まれないように頑張ります。


 手を振ってスチュワートに部屋を出るように促しながら、私はペンを手に取る。


 さて、ラザレス男爵家のイスティアナさまとアリステラさまに、それと、グラスキレット子爵家のオードリーさまにも手紙、書かないと。うふふ……。






「……今日は、ドレスについて相談したいとのことでしたけれど?」

「ええ、そのつもりですわ」


 という訳で、またしてもお茶会です!


 オードリーさまも、今回は領地から王都へ出てきてらしたので、参加とのこと。元々、ドレスは王都でなんとかするつもりだったからちょうどタイミングが良かったとか。


 あと、前回も参加したイスティアナさまとアリステラさま。


 もちろん、ノーザンミンスター子爵令嬢は声をかけておりません。そう。これが貴族のやり方です。嫌味を言うなら、関係を切られる覚悟を持って言いましょう。


「ねえ、今年の大夜会用のドレスだけれど、お安く用意できるかもしれないと言いましたら、興味、ございますかしら?」


 一瞬で、あるに決まっているでしょう! という顔が私の前に、3つ、並んでいた。


 ……いや、淑女として、その顔はダメだと思うわよ?





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