第13話 高くて買えないなら、安くすればいい(1)



「はしたないとは思いますけれど、一番知りたいところから聞かせてくださいますか? その、おいくらくらい……?」


 ストレートにお値段を知りたいと宣うのはオードリーさま。『古着ドレス組』の貧乏令嬢仲間では、伯爵令嬢だった私を差し置いて、その積極性でリーダー格だった。


 ……子爵令嬢相手に一歩引いてた私を見てきたから、ノーザンミンスター子爵令嬢はあんな態度をとったのかもしれませんわね。


 さて、ドレスの値段。


 この前の、マダム・シンクレアのドレスの場合、5着作ることになったけれど、一番安い物でも300ドラクマを超えていたし、一番高い物は約500ドラクマ。うん。高い。高過ぎるわ。


 私が実家で作ってもらったドレスはだいたい100から150ドラクマぐらいの物だったわ。二大ドレスメーカーや、それに続くドレスメーカーとかではなく、あんまり知られてないところのドレスで。


 たぶん、みなさんも、そこは同じだろうと思うのよ。具体的な金額を話したことはないけれど。


「80ドラクマ、で、いかがかしら?」


 びくん、と三人とも、目を見開く。いや、だから、その顔はダメですよ? 淑女に戻って?


「……3年前の、デビュー後に初めて買って頂いたドレスよりは、その、安いとは思いますわ」

「そうですわね。けれど、去年のドレスをそのまま着るよりは、と思えるほど、安くはありませんわ、エカテリーナさま?」


 イスティアナさまとオードリーさまが80ドラクマの衝撃から立ち直って、言葉を繋ぐ。


 もう一声! という心の声が聞こえます。


 わかります、わかります。私も同じ立場だったのです。もう一声は必要ですよね!


「……社交シーズンが終わりましたら、20ドラクマでそのドレスを買い取らせて頂きますわ。必要ないのであれば」


 ぱかっと3人とも、口を開いた。いや、だから、それ、ダメだってば……。


 実質、60ドラクマでドレス1着ですわ。これは安い。かなり安いわ。もちろん、去年の物を着るならタダだから、それよりは高いけれど。


 でも、毎年、100ドラクマだと、いろいろと考えてしまうけれど、毎年60ドラクマだと、どうでしょうね?


 悩むところでしょう? ねえ、悩むわよね?


 100ドラクマのドレスで、2年続けてとか、3年続けてとかで着る訳ですけれど、今回、私がお勧めさせて頂くこの60ドラクマのドレスなら、1年で60ドラクマとなります。


 気に入ったらそのままのご利用で2年続けても80ドラクマのまま。それでも100ドラクマのドレスより20ドラクマはお安くなっております。


 来年は別のドレスにしようと考えたら、2着目で120ドラクマですけれど、1着を2年続けて着て100ドラクマだと考えたら、2着のドレスを1年ごとに着てもその差額は20ドラクマしかないのです。


 どうですか、悩むわよね? うん、悩んでください。


 ちなみに、私、オードリーさま、イスティアナさまは、デビューの年の白い古着のドレスで大夜会に出てお友達になった後、翌年に新しいドレスで大夜会に出て、その次の年、そして去年と、3年続けて同じドレスでしたわ。はい。知ってますわよ、お友達ですから。仲間ですから!


 オードリーさまも、イスティアナさまも、さすがに4年続けて同じドレスは着たくないはず。たぶん。でないと、この話に食いつかないわよね? 去年までのドレスで婚約者は見つかっておりませんし?


「……ずいぶんと、お安くドレスが手に入るような話でございますけれど、いったい、どのようにして、そのお値段に?」


「古着の利用ですわ。ただ、古着をそのままで利用するのではなく、縫い糸を解いて、しっかりと生地を分けてから、必要な生地を足したり、いらない生地を切ったりして、作り直そうと思っておりますの」


「なるほど……」


 安くなる理由に納得したらしい。でも、ここからが本番です! エカテリーナ、行きます!


「利用する古着はこの屋敷の衣装室にあるものですわ。フォレスター子爵は、ウェリントン侯爵家の跡継ぎが与えられる爵位でしょう? つまり、元は、お義母さまや、お義祖母さまの着ていたドレスですの。古着とはいえ、元の生地の良さは、申し上げるまでもございませんわね……」


 オードリーさまの目が輝く。ふふふ、まんまと釣られてますわよ?

 我が家は子爵家でございますけれど、実質的には侯爵家、その嫁が着たドレスですもの! 生地は最高級品ですわ!


 だって、マダム・マクラリーのドレスとか、普通にあるんですもの……。


「もちろん、デビュタントで使われた白いドレスも衣装室にはございましたわ……」


 アリステラさまがぐわんとさらに目を見開く。うふふ、もう淑女らしくなくても何も言いませんわ! アリステラさまは、今は、まだ、デビュー前ですもの!


「それと、最近、マダム・シンクレアのところから、我が家に針子を引き抜きましたのよ。ドレスの作り直しはその子たちに任せようと考えておりますの」


 イスティアナさまがくいっと身を乗り出しましたわね。

 デビュー済の姉として、もう少し、しっかりなさって?

 でも、お気持ちはわかりますわ。この前のお茶会の時も、マダム・シンクレアのドレスと聞いてイスティアナさまは驚いてらっしゃったものね?


 そこの針子でしかないけれど、気になりますわよね? 二大ドレスメーカーのひとつですもの。そこで修行した針子ですもの! あくまでも針子ですけれどね?


「……今シーズン、こちらのドレスをお買い求めくださった方には、来年も優先的に購入することができるように取り計らいますわよ?」


 三人はその言葉でくわっと顔を見合わせた後、一斉に私の方へと振り向いた。


「エカテリーナさま、今年のドレス、よろしくお願いしますわ」

「ええ、ええ。ぜひとも」


「……あの時、図書館で、勇気を出して、エカテリーナさまに声をおかけして、本当に良かったです。神に感謝を」


 ……アリステラさま、それ、ドレスの注文の依頼の言葉でしょうかね?


 まあ、いいですけれどね?

 図書館で、イスティアナの、姉のお友達ですよねと、アリステラさまから声をかけて頂いて、お友達になりましたもの。ただの事実ですわね。神への感謝は必要なのかしら?


 まあ、とりあえず。


 エカテリーナは、ドレスの顧客を、手に入れた! やったね!


 さて、古着ドレスのリメイクで、どこまで稼げますかしら……?


「みなさま、すっかりお茶が冷めてしまいましたわ。淹れ直させますので、まずはお茶とお菓子を楽しみませんこと? ドレスはその後、確認しましょう」


 せっかくの高い茶葉と高いお菓子ですから!






 お茶とお菓子を楽しんで……と言いたいけど、三人はどこか上の空でしたわね。

 でも、飲み食いを終えて、みんなで衣装室に移動。


「うちの応接室と同じか、それよりも広い衣装室って……」


 そんなつぶやきはオードリーさまから。


 あ、そこ、驚くところですのね。へえ。

 私の場合、実家の伯爵家の衣装室の広さはここと同じぐらいはあったから、別に気にならなかったのです。ドレスの数には驚いたけれど!


 我が家の針子ガールズがオードリーさまとイスティアナさまに付いて、どの色のドレスが似合うか、どんな装飾品を持っているか、そんなことを話し合ってます。


 アリステラさまは白のドレス限定なので、私と一緒に二人がきゃいきゃいと楽しそうにしているのを見てますわ。


 それにしても。このドレスの山って、間違いなく、宝の山だわ? もはや資源と呼んでもいいかも。これを材料にして、リメイクドレスを売る。そういう商会を、ドレスメーカーを、創る。


 私自身が貧乏伯爵令嬢だったからこそ、わかるわ。

 絶妙に、ぎりぎり手が届く価格の、普通に買うよりも、安く買える、とても生地が良いドレス。


 レースとか、フリルとか、リボンとか、ちょっとくらい新しい生地を追加したとしても、十分、利益が出るはずだわ。顧客を確保できれば、ね……。


 この三人には、大夜会で広告塔になってもらって。私たちのような、貧乏令嬢たちをうまく引っ掛けてもらうとして。


 私の侍女のうち、アリーとユフィ、それにクリステルは大夜会に出す。出るのではなく、出すのよね。フォレスター子爵家が。

 元々、彼女たちの実家も王家からの招待は必ず来るので、彼女たちの実家から彼女たちの出席を返答させる。フォレスター子爵家が、というか、ウェリントン侯爵家が。


 パートナーも、うちの家令のスチュワートとか、侯爵家の上級使用人で貴族令息の誰かが務めるわ。

 そうやって侍女を大夜会とか、その他の夜会にも出席させて、私の近くに侍らせる。いわゆる取り巻き、と呼ばれる人たち。


 まあ、実質、護衛みたいなものなのよ。

 変な男を近寄らせない、難癖を付ける女を見張って、その悪意から私を守る。


 剣や槍で戦うことだけが戦いじゃないんだと、婚約期間に侯爵家で学んだわ。お祖母さまが生きてらしたら、実家の伯爵家でも学んでいたのでしょうね……。





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