第14話 高くて買えないなら、安くすればいい(2)



 実際、私が出席することになった旦那様の親友さん家の夜会とかも、彼女たちの実家に招待状を送るように頼んで、送ってもらいましたし、もう出席で返答させてあります。

 ただ、いつも三人ともが付いてくる訳ではないけれど。クリステル一人だけの夜会もあるし、クリステルとアリー、クリステルとユフィという組み合わせもある。女騎士でマジ護衛のクリステルは確定なのよね。


 タバサは「夜会は怖いです……」とお断わり体勢でした。


 だから、この三人にも、リメイクドレスを着せるとしましょう。

 支払いは、私の私費か、予備費か。またまた服飾費か。スチュワートに確認ね。


 ひょっとして私の服飾費がたくさんあるのって、侍女たちのドレス代も含まれてるのかしら?


 今回の場合、私が私に支払うような感じだけれど、それは、それとして、護衛ついでに広告塔を増やすとしましょう。


 そんなことを考えながら見つめていると、針子ガールズの、マダム・シンクレアのところで7年務めた子、サラが、さらさらっとデザイン画を描いて、オードリーさまに見せてる!


 え? あの子、あんなことまでできるの? すごくない? マダム・シンクレアのところで働くとあんなことまでできるようになるのかしら?

 イスティアナさまもサラにさらさらっとデザイン画を描いてもらって、目を丸くしてる! 私の目も丸くなってるかも?


 サラは、マダム・シンクレアのところで12歳から7年務めた19歳。実は私と同い年だったりする。こんな人材、引き抜いて良かったのかしら……?


 ま、まあ、マダム・シンクレアが送り出してくれたのだし、大丈夫よね? 侯爵家って雰囲気でゴリ押ししたことになってないわよね?


 ……気にしないようにしよう。うん。きっと私は悪くないはず。


 あ、そうだ。商売するなら、お祖父さまに相談してみよう。そうしよう。

 お母さまの実家の子爵家は、商会運営で成功してるもの。うんうん。


 娘であるお母さまが嫁いだ伯爵家に対して、金貸しとしてきっちり利子を回収するほど、身内の情には流されない強さや厳しさがあるけれど。

 だからこそ、学べる何かがあるはずだわ。


「エカテリーナさま、素敵なドレスになりそうですわ!」

「私もです! 大夜会がとても楽しみになりましたわ!」


 お二人が楽しそうで何よりですわ……。


「それでは、アリステラさまのデビュタント・ドレスを考えましょうか」


 そう言ってぱんと手を叩くと、針子ガールズが3着の白のドレスを並べる。


 ひとつはお義母さま、ひとつはお義祖母さま、もうひとつはたぶん義曾祖母さまのドレスですわね。


「……扇襟のドレスだわ」


 ぽつりと、アリステラさまが義曾祖母さまの物と思われるこの中では一番古いデビュタント・ドレスを見て、つぶやいた。

 その言葉通り、まるで両肩にそれぞれ扇を張り付けたような、私からすると、どこかの演歌歌手のような感じのデザイン。扇の羽が両肩でバーンと開いてて、空でも飛びそうな感じの。


 白のドレスに、白のレースで扇に見せてるから、これだとそこまで目立たないけれど。

 他の色のドレスで、同じデザインの物がこの部屋にいくつかあった。そっちはすごく派手。でも、これが当時の流行だったのですわね。


「アリステラさまは、これをご存知なのかしら?」

「ええ。武王と称されるラスカルⅡ世の王妃でいらっしゃるリエラファラス王妃の逸話から生まれたデザインで……」


 アリステラさまがこの国の歴史を踏まえて、長々とこのデザインについて語り出す。


 あ、そういえばこの子、歴女だったわね。図書館で歴史の本ばっかり読んでたわ……同じ本を読んでた私が言うのも変な話ですけれどね……。


 長かったので割愛するけど、要約すると、こんな感じ。


 昔々、ある王妃さまが、弓で命を狙われた王さまを扇で守りました。

 時代は流れて、とある王妃さまの頃、貴族たちがずいぶんと性的に乱れました。

 その王妃さまは扇襟のドレスを考案して、私は昔、扇で王の命を守った王妃の逸話のように、私の貞操、貞節をこの扇の襟でしっかり守るわ、と宣いました。確かに、扇の羽が印象的過ぎて、胸とか目立たなくなるデザインですわよね?

 性的な乱れをよしとしなかった貞淑な夫人、令嬢のみなさまが王妃さまと同じ扇襟のドレスを着るようになりました。扇襟の淑女には、ヤリチンどもは言い寄れませんわ! 扇襟を着ていない女性はアバズレさんです! 不名誉過ぎるわね! ある意味強制的に扇襟は流行しました!

 そして、貴族女性は淑女としてのあるべき姿を取り戻し、性的な乱れは収まりました、とさ。


 このデザインにはそんな話がありましたね。

 おそらく同じ本を読んだのでしょう。私も知ってますよ、もちろん。アリステラさまとは図書館友達ですから。


 ……ん? でも、今だって、性的な乱れはあるわよね? うちの旦那様とか、旦那様とか、旦那様とか。いや、それよりも、問題は……。


「アリステラ? これが気に入ったの、あなた?」

「……さすがに古過ぎるのではなくて?」


 そう。そこですわ……。


 あまりにも流行とはズレているこのドレスに、心配したイスティアナさまとオードリーさまが口を挟むのだけれど。


 アリステラさまの視線は扇襟のドレスから動かないわ! 歴女のドレス選択基準はあくまでも歴史なのでしょうか!?


 いや、古過ぎるデザイン?

 いくらアリステラさまが気に入ったからといって、それはまずいわ。

 これって、リメイクドレス事業の危機的状況じゃないかしら? まだ始まってもないけれど。広告塔が古臭いとか致命的だわ……。


 ちょっと、ちょっと、なんとかして! 誰か?

 いえ、ここはサラだわ。サラしかいないわ!


 なんとかして! なんとかするのよ! これをどうにかできるのはもうあなたしかいないわ!


 私の視線の意味に気づいたのか、サラがすっとアリステラさまの横へと移動した。


「お嬢さま、こちらのドレスが歴史的に素晴らしいデザインだということは、よくわかりました」

「そうでしょう? 素晴らしいのよ、本当に……」


「ですが、襟の部分だけでなく、袖の肘のところや、スカートの膨らみ具合など、今の流行とはかけ離れている部分がたくさんあるというのも、また、事実でございます」

「でも……」


「ですから、今の流行にもっとも近い、あちらのドレスを基本として、そこにこの襟をアレンジするのはいかがでしょうか?」


 ……え? 襟は、切り捨てないの、サラ?


「まあ! 素敵な提案ですわ!」


 え、アリステラさま、それでいいの? いえ、ダメよ。サラ、なんとかして!


「お嬢さまが求めていらっしゃるのは、この扇襟そのものではなく、そこに込められた逸話や歴史、その頃を生きたみなさまの想いなのではありませんか?」

「ええ、ええ! そうですわ! その通りですわ!」


「それでしたら、扇襟をそのまま取り入れるのではなく、そうですね、どちらか片側の襟に、羽の枚数も2枚か3枚くらいに減らして、ひとつのアクセントとして加えるのはどうでしょう?」


 ……おお、なるほど。それくらいなら大丈夫ですわね?


「まあ、それなら……」

「ええ。そのくらいであれば、いいのではなくて?」


 イスティアナさまとオードリーさまも、私と同じ意見らしいわね。うん。なら、それくらいで。それでは、エカテリーナ、行きます!


「それなら、羽の数は3枚にしましょう」

「エカテリーナさま?」


「せっかくですから、その3枚の羽根にも、意味を持たせるとよいかと思いまして」

「まあ! どのような意味を与えてくださいますの?」


「そうですわね。貞操や貞節、貞淑という、貞の言葉は、心を尽くして一途に仕えることを意味していますわね。ですから……」


 私は指をひとつずつ、順に立てながら説明する。


「ひとつは、恋人や夫に尽くすこと。それから、生まれ育った家や嫁いだ家、一族に尽くすこと。そして、三つ目は、そうね、王家に尽くすこと、かしら? 夫に尽くし、家に尽くし、王家に尽くす。淑女のあるべき姿と思いますけれど、どうかしら?」


 デビュタントのご令嬢の家族は、大夜会で王と王妃に挨拶できるのだから、こんな感じでいいのではないでしょうか。


 あ、そういえば、侯爵家以上の貴族家は、デビュタントに関係なく、大夜会で王と王妃に挨拶するのでしたね……ま、問題は……たぶん、ないけれど。私には。


「素晴らしいですわ! ありがとうございます、エカテリーナさま! なんて素敵なの!」


「……喜んでもらえて嬉しいわ、アリステラさま」


 興奮した犬みたいになっていますけれど、これ、ホントにアリステラさま? 図書館では見たことない感じですわよ? あ、図書館では静かなのが当たり前か……。


「右か、左か、どちらに付けるのがよろしくて?」

「もちろん左ですわ! 心臓がありますもの! 扇襟で淑女としての心を守るのです!」


「サラ、それでデザインを描いてみてもらえるかしら?」

「はい、奥様」


 サラがまた、さらさらっとデザイン画を描き上げていく。ホント、この子、すごいわね……。


「あら、これはいいわね……」


「なるほどね。扇の羽は広げずに、ここまで重ねるイメージなのね。これなら確かにアクセントとして素敵だわ。あ、そうだわ。これ、私のドレスにも加えられないかしら? 扇襟の、白ではないドレスもさっき見たわ? 私のドレスに合う色で、サラ、できるかしら? ああ、まずはエカテリーナさまに聞くべきだったわ。エカテリーナさま、他のドレスにある扇襟を解いて使わせて頂いてもよろしくて?」


「もちろん、よろしくてよ」

「イスティアナさまもどう? お揃いなんて素敵でしょう?」


「そうですわね。私の分も、よろしくて? エカテリーナさま?」

「もちろんですわ」


 うん。『古着ドレス組』の貧乏令嬢仲間のリーダー格だったオードリーさまの意見に、否はないわよね。わかります。


「なら、私も、同じ三つ羽扇のドレスを作ろうかしら。大夜会ではお揃いにはできませんけれど。ああ、アリーたちにも、同じ物をそろえたいわね。オードリーさま、よろしくて?」


「もちろん。嬉しいですわ。三つ羽扇のドレスとは、いい呼び名ですわね」


 それから、アリステラさまの身長に合わせて、お義母さまのドレスにお義祖母さまのドレスから腰のあたりの生地を繋いで、繋いだところを隠すために、義曾祖母さまのドレスからはリボンを、お義祖母さまのドレスからはレースをつけ加えることも決まって、アリステラさまのドレスのデザインも完成しました。


 エカテリーナは、ドレス販売を、成功させた! やったね!


 ありがとう、サラ! 99パーセントくらい、あなたのお陰だわ! これからも頼むわね!





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