第15話 動き出す欲望(1)



「お祖父さま! お久しぶりです!」

「おお、リーナ。結婚式以来か。もう子爵夫人になったというのに、どうにもまだ娘臭いのう?」

「まあ、乙女に臭いだなんて!」

「乙女ではなく人妻だろうて……」


 あれ? なんか、会話が噛み合わないわ……。

 あ、お祖父さまは、結婚の契約、知らなかったわね……。気を付けないと。


 今日は、お祖父さまの商会を訪ねてきました!


 カーライル商会といいます。王都でもトップ5に入る大商会ですわ。

 お祖父さまが曾祖父さまと一緒に立ち上げて、育てた商会と聞いてます。


 お祖父さま――ウィルスミス・ダドリー前子爵は、商才豊かで有能な人。うちのお父さまとは大違いですわね。

 既に、伯父さま――ユーリッヒ・ダドリー子爵に爵位を譲って、隠居……ではなく、カーライル商会の会頭としてご活躍ですわ! ええ! 私の実家に大金を貸し付け、みっちり利子を巻き上げ、孫たちに辛い思いさせるくらいにはご活躍ですわ!


 別に恨みなど……ちょっとくらいしかありません。ちょっとですわよ?

 まあ、利子は、親族設定でかなり抑えてくださいましたし、さまざまなところにしていた借金を一本化してくださったのですものね……。


「それで、5日も前から先触れを出して、面会予約までして、何の話だ?」


 話が早いです! 無駄な時間はいらないと? できる男っぽくてかっこいいですが、祖父と孫娘という関係としてはどうなのでしょうか?

 まあ、孫娘がおじいちゃんに会いに行く、という感じではなく、侯爵家に嫁いだ子爵夫人っぽく面会を求めたのは私の方ですけれど。


「新しく商会を立ち上げたいの。商会をうまく動かせて、信頼できる人、紹介して、お祖父さま」

「リーナ、それは……かなり贅沢な我が儘だな。そんな都合のいい人間を簡単に紹介できるとでも?」


「お祖父さまならできるでしょう? お父さまには無理でしょうけれど……」

「あいつにできる訳がなかろう?」

「存じておりますわ。誰よりも……」


「ふん。リーナはわしの血が濃く出たのかのう? さて。商会をうまく動かせて、信頼できる人、か。そうだな、タイラーはどうだ?」

「タイラーって、タイラントおにいさま?」


「おう。従兄妹同士なら、ある程度、信頼はあるだろうし、タイラーはこれがなかなか、できる男だぞ?」


 タイラントおにいさま――タイラント・ダドリー子爵令息は、私の4つ年上の従兄。ダドリー子爵の三男。

 私の実家のケンブリッジ伯爵家が借金を整理するために、お母さまがお祖父さまを訪ねて子爵家を訪問する時、私も一緒に連れて行かれて……お母さまがお祖父さまと話している間、子爵家で放置されていたところ、よく遊んでくれた人です。


 確かに、赤の他人よりもはるかに信頼できる人ではありますわね……。


「3日後、予定はあるか? なければフォレスター子爵家の屋敷へ行かせる」

「予定はございません。お待ちしております」

「紹介して、行かせるだけだ。タイラーが働くかどうかは、わからんぞ?」


「……そうだと思っていましたわ」

「話はこれで終わりか?」

「いえ」


「次はなんだ?」

「お祖父さま、私の商会に、出資してくださいませ」

「融資ではなく、出資か?」

「はい」


「……いくらだ?」

「1万ドラクマ」

「ほう……。それで、出資に見合う、どんな利を示す?」

「孫娘の愛情ですわ」

「いらん。そんなものは、自然とそこにあるもんだろうが」


 ……愛よりも、恨みがあるかもしれませんわよ? 借金苦の。言いませんけれど。


「……純利益の4分の1を、出資者の出資比率で分割して、配当として支払います」


「……リーナは昔から、計算が早かったのう。だが、赤字なら純利益などあるまい? 絶対に成功するなど、誰にも言えぬ」

「出資して頂けないのなら、諦めますわ」


「……ずいぶん、簡単に引くな。リーナはいくら出資するつもりだ?」

「お祖父さまは出資していない商会の内情を教えてもらえるとでも?」

「かわいい孫娘の秘密をじじいは知りたいと思うものだろう?」


「……」

「……そう怒るな」

「怒っておりません」


「そうか。それで、いくら出資する気だ?」

「10万ドラクマですわ」

「なっ……」


 あら? お祖父さまを驚かすことに成功しましたわね。ちょっと嬉しいかも。


「……リーナ。その金額を動かせて、なぜ、伯爵家の借金を返済せんのだ?」


 お祖父さまから見て私などまだまだ小娘でしょうに、私が10万ドラクマ、出資できると、あっさり信じるのね……。


「その借金は私の借金ではありません。お父さまの、ケンブリッジ伯爵家の借金です。私が返す必要を感じません」

「生まれ育った家だろう?」


「ええ。ですから、既に、20万ドラクマの半分、10万ドラクマは返済しておりますでしょう? 残りはお父さまと……ライオネルが、弟が返すべきですわ。娘として、姉として、半額は負担しましたのよ?」


「……本当に、わしの血が濃いな」


 ……ええ? お祖父さまの同類扱いはちょっと遠慮したいですわね。


「ふむ。それで、何を売る?」


「……今の物よりも、少し安い、ドレスです」

「ほう?」


「……これ以上は秘密ですわ、お祖父さま。種明かしをして、二番煎じを出されては困りますもの」

「よかろう。出資しよう」


「ありがとうございます」

「5万ドラクマだ」

「はい?」


「1万ドラクマではなく、5万ドラクマだ」

「なぜ、お願いした金額よりも、増えているのです?」


「1万ドラクマでは出資比率が低すぎる」

「ああ、そういう……」


「リーナなら、成功させるだろうしのう。それに、リーナが結婚した頃、10万ドラクマの臨時収入があったからな」

「……」


 そう思っているのなら、最初から出資するって言ってくださいませ……あと、その臨時収入は孫娘に付けられた売値ですわよ……。


「ああ、そうだ。その安いドレス、全ての貴族令嬢が買い求めるようにしてはならん。いいか? そこには気を付けなさい」


 ……高いドレスを買う者は、高いドレスを買わせておけ、ということかしら? それとも、業界を潰すな、という意味かしらね?


 価格破壊で何が起きるか、お祖父さまには予想できているみたいだわ。さすがね……。

 そうね。その通りだわ。今のドレスメーカーが完全になくなってしまえば、材料となる古着も手に入らなくなるもの。潰す訳にはいかないわね。


「気を付けます」

「うむ。で、今日は、食事でもしていくか?」

「いえ。帰りますわ」


「……本当に、わしの血が濃いのう」

「孫娘ですから」


 ……濃くも、薄くもなくて、普通に血が繋がっているだけですからね!


 それに、なんだかんだで、お祖父さまは、結局、身内には甘いですわ。

 お母さまが頼んだ借金も、利子はケンブリッジ伯爵家が倹約すれば支払える程度に低く設定していましたし、今だって、孫娘が頼めば、普通なら出さないはずの資金を出資してくれましたもの。


 出資じゃなくて、融資でもよかったのに、ですわ。もちろん、私は融資なら断るつもりでしたけれどね。


 ……それに、おそらくですけれど、お祖父さまはご自分が儚くなられる時に、お母さまに借金と同額程度の何かは相続させるおつもりではないかと、孫娘は勝手に想像しておりますのよ?


 まあ、何の実績もない私には、そういう優しいお祖父さまのような身内に甘えるくらいしか、まだできないもの。でも……。


 エカテリーナは、祖父から資金を、引き出した! やったね!


 それはそれとしてこれもひとつの成果だわ!

 低価格ドレス事業はお祖父さまのカンがイケる! と感じたのだもの! それにカーライル商会がある意味では保証人だわ。うふふ……。


 とまあ、そんなこんなで帰りの馬車の中。


「お祖父さまとの会話は、やっぱり気が楽でいいわね」


 私がそう言うと、同乗しているタバサとクリステルが同時に私の顔を覗き込んだ。


「……どうかしたの?」

「いえ、10万ドラクマとか、5万ドラクマとか、途方もない金額を動かす話を、気が楽でいいなどとおっしゃるお嬢さまに驚いただけでございます」


 タバサがそう言うと、そこは同意だという感じでクリステルは力強くうなずいてから、言った。


「奥様、です。タバサ、そろそろ慣れるように」

「はい……」


 相手はクリステルだけれど、いつものようにタバサが叱られているわね。


 私の周りは今日も平和です。





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