第10話 お茶会は楽しい(かもしれません) (1)



「こういうことは、言わなくてもいいとは、思うのだけれど……」


 そう言いながら、お義母さまが軽く手を動かすと、侍女やメイドが東屋から離れていく。声が聞こえないところまで。


 エカテリーナは義理の母と二人きりになった! 緊張するわ!


「前の、その、婚約者だった子は、あの子の顔にしか興味がなくて……」

「……」


 なんの話ですか!? お義母さま!?


「あなたは、あの子の顔に、興味がないでしょう?」

「……」


 ……興味がないのではなく、見たら毒だと思うから、できるだけ見ないようにしているのです。


 そんなことは言えないし、言わないけれど!


「……どうして、こう、両極端な感じの相手を選んだのかしらね」


 それは、女遊びがしたいから、では? ……なんて、口にできないけれど。あの方は、高位貴族の自覚が足りませんわ、とかは、もっと言えませんわね。いえ、お義母さまはご存知でしょうけれど。


 さて、エカテリーナです。本日はお茶会。


 旦那様の実家、ウェリントン侯爵家のお屋敷に呼び出されての、お義母さまとのお茶会です!


 侯爵家のお庭、アジサイが見頃ということで、お呼び出し! いやもう、アジサイはとっても、大きく美しいのですよ? 見応え十分です。


 そんなアジサイの話が終わったら、人払いして、こんな話に。


「……あなたのことは、本当に、認めているのよ? あの公爵令嬢と渡り合えるくらいに優秀じゃないかしらね? 苦境にあったとはいえ、さすがは四伯のひとつ、ケンブリッジ伯爵家の令嬢ね。基本がしっかり、できていたもの」

「ありがとうございます、お義母さま」


 ……たぶん、祖父母世代の使用人のみなさんが、優しくありながらも厳しく、いろいろと小さな頃から言ってくれていたからだと思うけれど。


 あと、お祖母さま。侯爵家出身だったから、ちょっとした話の中にも、教訓が多く込められていたと、婚約者期間に侯爵家で学んだ今は強く思うのよね。


 家庭教師は、こう、ケンブリッジ伯爵家では、毎日は呼べなかったので。金銭的に……。


 私の実家、ケンブリッジ伯爵家は、この国の建国時からある、由緒正しい7つの名家のうちのひとつ。で、そのケンブリッジ伯爵家の苦境とお義母さまがおっしゃってるのは、ケンブリッジ伯爵家の借金のことですわね。うん。

 貧乏になったせいで、家庭教師の回数は少なかったけれど、私も弟も、年配の使用人にいい意味でしっかりと可愛がってもらっていたのよね、今思えば。それが私たち姉弟の基礎、基本でしょうね。


 ……弟の子どもは、大丈夫なのかしら? 祖父母世代の使用人、もういなくなると思うけれど。まあ、貧乏でもいいけれど、たくましく育ってほしいわ。弟、まだデビュー前だけれど!


「……婚約者として大急ぎでこの屋敷に受け入れて、詰め込んで。それでも、しっかりとついてきたものね。先生方も驚いていらしたわ。あの子のことを本気で想ってらっしゃるのでしょう、なんて言われたわね……」


「そんなことが……」


「……まあ、あなたは、あの子には全く興味がなくて、もちろんあの子のことなんてひとつも想ってもなくて、強く白い結婚を望んでいた訳だけれどね?」

「……」


「それでも真摯に学ぼうとしていたあなたのことは本当に認めているのよ、エカテリーナ?」


 学ぶこと自体はとても好きなのですわ!


「……ところで、一番苦手としていた、ダンスの練習は続けているのかしら?」


 運動はやや苦手なのです……。


 というか、お義母さま、私がダンスの練習、サボっているの、知ってますわね、これは。

 スチュワート? いや、オルタニア夫人? それともミセス・ボードレーリルかしら? なんか、三人とも、という感じもするけれど。


「クリステルに教えてもらいなさい。男爵家の出とは思えないくらいに美しく踊るわよ? 練習のパートナーはスチュワートでいいわ。いい? エカテリーナ? 毎日、少しずつでも続けるように」

「はい、お義母さま」


 ……クリステルの線も浮かんできましたわ! 全員スパイかも!


 練習のパートナーに旦那様の名前が上がらないのは、旦那様が3日に一度しか帰ってこないことも伝わってますね、はい。


「それと、今年の社交シーズン用のドレスは、マダム・シンクレアに依頼してあるわ」

「マダム・シンクレア……」


 二大ドレスメーカーの片割れ! お高くないですかね!? いや、服飾費、予算的にはたくさんあるけれど!


 マダム・シンクレアとマダム・フランソワはどちらも引退したマダム・マクラリーの弟子。マダム・マクラリーは王太后さまのドレスを長く作り続けた最高のデザイナーと呼ばれた人。

 そのマダム・マクラリーが引退しちゃったから、今の王妃さまは、1年ごとに姉弟子のマダム・シンクレア、妹弟子のマダム・フランソワと、かわりばんこにドレスを作らせているという。それで二大ドレスメーカーとか呼ばれている訳で。


 まあ、王妃さまがどっちか一人に決めたら決めたで、問題が起きたのでしょうけれど……。


 ちなみに、散々散財した私の実家のお祖母さまは、マダム・マクラリーにドレスを作らせてた、らしい、ですわ。当時はまだ幼くて、知ろうとも思っていませんでしたし。

 私はマダム・シンクレアも、マダム・フランソワも、どちらも、ドレスを作ってもらったことはありませんね。今回が初めてとなります。高級品のドレスですわね……。


「採寸やデザインの相談のために、そっちの屋敷にマダム・シンクレアが行きます。新婚らしく、あの子の色のドレスにしてね?」

「もちろんですわ、お義母さま」


 やっぱり侯爵家ってすごいわよね……。


 そういうドレスとか、今飲んでる高級なお茶とか、この見た目も綺麗な高級なお菓子とか、こういうのに慣れて初めて、本当に貧乏を脱せるのでしょうけれど。


 そういうのが一番難しい。

 前世も含めてこの身に染み込んだ貧乏根性って、抜けそうにないわね……。


「元婚約者の公爵令嬢に見劣りするようなドレスは許しませんからね……?」


 そういう女の戦争みたいなのも私にはちょっと無理な感じですけれど、こればっかりは高位貴族の嫁ですから、頑張るしかありませんわね……?


「まあ、あちらはまだ、婚約者も決まってないようなのだけれどね……」


 うふふと微笑むお義母さま……怖いですよ?


 母親目線だとアレなのですけれど、結婚適齢期の娘目線だと、悪者はどう考えても旦那様の方ですからね? 不貞行為を理由に、破棄されちゃったんですよ……?


「……そういえば、あなた、王妃さまと、あなたとの血の繋がりは、もちろん、わかっているわよね?」

「はい。父が王妃さまの従兄にあたりますわ」


 もちろん知っています。基本ですわ。


「……ただ、父は従兄とはいえ、それほど王妃さまとの関りはなかったようです」

「伯爵家だから、挨拶の機会もあまりないものね。大夜会で侯爵家までは、デビュタントに関係なく、王家に挨拶します」


「はい。そのように教わりました」

「マダム・シンクレアのドレスは絶対に必要よ、いいかしら?」

「はい。お義母さま」


「あなたのデビュタントでは、王妃さまから何か?」

「従兄の子ということで、優しくお声がけくださいましたわ」

「そう」


 ……お義母さまが確認したのは血の繋がり、ですわ。ですから、これが答えですわ。嘘、は、吐いてません。


 お祖母さまの姉、私の大伯母にあたる方が王妃さまの母ですわ。大伯母はリライア侯爵家に嫁がれて、長男、次男、長女と、三人の子を産み、その長女が今の王妃さまですわ。

 お祖母さまが私の実家のケンブリッジ伯爵家に嫁いで、すぐ父を産んだので、父の方が王妃さまより8つ年上でございます。


 実際のところ、父と王妃さまは、幼い頃に何度か会ったくらいで、王妃さまが王子殿下の婚約者となってからは交流がなかったようです、父は。


 ……私? 私はお祖母さまに連れられて、幼い頃にリライア侯爵家で、何度かお会いしましたわね。王子殿下のまだぎりぎり婚約者で、王子妃になる直前くらいだったかしら? 子どもだったから、記憶は曖昧なのよね。


 デビュタントで挨拶した時は、覚えていてくださって幸せだったわ……。


 まあ、私と王妃さまの関係は、秘密ですわ。お義母さまに対する、私の秘密兵器ですものね。





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