第18話 嫁ぎ先の領地へ(1)



「どうかしら? 王都よりずっと、涼しいでしょう?」

「そうですね、お義母さま」

「もちろん、領地の屋敷よりも、ずいぶんと涼しいのよ?」


 ここは、レンゲル高原ですわ。標高が高いので、王都よりも、ずいぶんと涼しいのです。お義母さまによると、王都だけでなく、ウェリントン侯爵領よりもずっと涼しいようですわね。


 ……商会を動かそうと思っていたのに、自分がものすごく遠くまで動いてますわね。おかしいですわ。


 いえ。仕方がなかったのです。

 ウェリントン侯爵家は、本来、この時期は領地にいるはずのところ、旦那様と私の結婚という急なイベントによって、王都に滞在していた訳です。予定外に。


 だから、結婚式と、フォレスター子爵家の屋敷のことが落ち着けば、旦那様に休みを取らせてウェリントン侯爵領へと戻る予定だったのです。調子に乗って勢いがついて、うっかりしておりましたわ。


 ただ、王都からウェリントン侯爵領は馬車で10日ほどの距離なのです。遠いですわね。しかも、ちょっとだけ遠回りをして、レンゲル高原に立ち寄っておりますの。


 実家であるケンブリッジ伯爵領は、王都から馬車で2日の距離ですもの。建国期からある古くからの家なので、王国がまだ小さかった頃からあるため、当然、領地は王都から近いのです。それに慣れていたので、10日の距離はとても遠く感じますわね。


 あ、資産にあったいろいろな町のお屋敷ですけれど、こういう移動時の宿代わりでしたわ……そこの宿屋を利用するのではなく、お屋敷をひとつ用意するって、どうなのでしょうね……。


 それで、ここ、レンゲル高原にはフォレスター子爵家所有の別荘がございまして。

 なんでも、義曾祖母さまが、夏の暑さが苦手な義曾々祖母さまのために建てた別荘だったとか。嫁が姑に気を遣うのは、いつの時代も同じですわね……。


 毎年、ウェリントン侯爵領からやってきて、夏の暑い時期に10日ほど避暑のために滞在するそうです。今回は、王都から領地へ戻る途中に立ち寄る形となりました。結婚イベントのせいですわ。


「ここは、毎年、こうして使うの。だから、エカテリーナ? わかっているわね?」

「はい、お義母さま。理解しましたわ」


 ……旦那様からこの別荘は巻き上げてはいけない、ということですわ! 気を付けます!


 ううう、最高級の避暑地の別荘。ほしかったですわ……。まあ、離婚しない限り、私も使えますけれど。


「それにしても、あの子と別の馬車だなんて……あなた、本当に、あの子に興味がないわね。母親としては、少し思うところがあるけれど、まあ、あの子があの調子では、ね……」


「……私、ウェリントン侯爵家とフォレスター子爵家に、しっかりとお仕え致しますので、そこは忘れてくださいませ、お義母さま」

「あなたが優秀な嫁だということは、たった数か月で、嫌というほど、思い知らされているわ……」


 え? そんな、異物を見るような目で?


 ……まあ、淑女の鑑のようなお義母さまが感情を表情に出して見せてくださるというのは、信頼を得た証とも言えますもの。どんな視線も受け止めますわ!


「孫を早く抱きたかったのよ?」


「……ご期待にそえず、申し訳ございません」

「ルティとケイトの成人を待つことになるのね。残念だわ」


 旦那様の弟、ロベルティアーノと、その婚約者であるサラスケイト・ロマネスク伯爵令嬢は来年15歳となり、デビューします。あら、そう言えば、うちの弟、ライオネルと同い年ですわね。

 お義母さまには、あと2年ほど、孫を抱くのはお待ち頂かなければなりませんわね。


 そう言えば弟から会いたいと手紙が来てましたわ。王都をしばらく離れるから無理だと返事をしましたけれど。


 ……伯爵家で、何かあったのかしらね?


「……レティは、元は私の侍女でしたのよ」

「そうでございましたか」


 突然の昔語り!

 いえ、姑の話には相槌のみ。余計なことは口にしません。とはいえ、情報をきちんと集めた今は、もう、そのことは知っておりましたけれど。


「レティをフォレスター子爵家の家政婦としたのは、あなたが女主人として、冷徹に、彼女から家政婦の地位を奪えるかどうか、辞めさせることができるかどうか。また、それに抵抗するであろう、夫であるあの子を御せるかどうか。そういう、女主人としての、侯爵家の嫁としての、あなたへの課題のつもりでした」


「……まあ。思いもよりませんでした。お義母さまのご期待にそえず、申し訳ございません」


 そんなことではないかとは、思ってはおりました。ミセス・ボードレーリルだけ、あのお屋敷では、異常でしたものね。わかりやすく試験問題を出して頂けたのも、新米の新妻だったからでしょう。


「期待していた結果とは違いましたけれど、あなたはそれ以上の結果を示したのよ? エカテリーナ?」

「あら、そうでございましたの? 私、旦那様がお嫌だとおっしゃるので、ミセス・ボードレーリルを辞めさせることはできませんでしたのに」


 家政婦は辞めさせられず、旦那様は御せず。

 完全に0点答案ですわね。私ったら、名前でも書き忘れたのかしら? 前世のテストで本当に名前を書き忘れて0点になった方は見たこと、ございませんけれど。


「……あの子の奔放な行動には子どもの頃からずっと平然と対応していたあのスチュワートが『大奥様、もう奥様を試そうとするのはお止めください……』って、あの、スチュワートが、懇願してきたのよ?」


「……そんなことがあったのですね。存じませんでした」


 ……スチュワートって、お義母さまから『あの』とか、付けられていますのね。しかも、2回も繰り返しておっしゃったわ。それに、2回目はどことなく、強調なさっていたわね。

 何事もほどほどにして気を付けないと辞めさせられるわよって、スチュワートに教えてあげた方がいいのかしら? 彼は優秀だから辞めさせられたら困るものね。


「……女主人として、毅然とレティを辞めさせること、それを期待していたの。ところが、あなたったら、レティを辞めさせずに、それを利用してフォレスター子爵家の資産の名義を次々と変更させて自分の物にした上で、あのスチュワートに結婚契約書の違約金をより高額なものへと契約更改させて、結果として、乳母だったレティには甘えるだけで何も言えなかったはずのあの子に、レティへと釘を刺させたのですものね。本当に驚いたのよ? 見事だったわ。あなたはどこでそんな政治的な手腕を磨いたのかしらね? あの子がレティに釘を刺しても、それだけでは足りないからとあのスチュワートが頭を下げて頼み込むものだから、私からも直接、レティに言い聞かせることになったのですもの。いいかしら、エカテリーナ? 嫁ならばもう少し、姑には気を遣いなさい?」


 ……あれぇ? どうしてそんなことになっているのでしょうか? 私、別荘や農園がもらえて嬉しいわね、とルンルン気分になっていただけですのに? なんて、ね。


 エカテリーナは、姑から予想外の高評価を、獲得した!


 ……え? これ、喜んでいいのかしら?





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