第17話 動き出す欲望(3)
「……いや、ドレス17着って、すごいことだろう? 小さいドレスメーカーは多くて年間3着とかじゃないのか? 17着なら少なくなんかないぞ。しかも、単純な計算で利益が800ドラクマ、超えてるんだが? 商会ができる前からだぞ?」
「そうかしら? 手に入る物を使って、できることをやってみただけなのよ? それに、来年もうまく売れるとは限らないわ」
身内と呼べそうな範囲で商売した今回ではなく、来年こそが勝負の年だわ!
「……いや、もういい。リーナは間違いなく、あの人の孫娘だ」
「誉められてる気がしないのはどうしてかしら……?」
きっとお祖父のせいだわ!
「で、商会の資金は? 少なくとも15万ドラクマはあると聞いた。ありえない金額過ぎて詐欺だと思ったぞ?」
「私が10万ドラクマ、お祖父さまが5万ドラクマ、それにフォレスター子爵家が5万ドラクマ、出資するわ。20万ドラクマよ」
「資金が、聞いてたよりも、増えてる……」
「今年の予算で、予備費の使い道がなかったの。それで、どうせなら出資してもらおうと思ったのよ。スチュワートも5万ドラクマなら問題ないって言ったわよ」
「あの家に育って、嫁ぎ先で躊躇なく、しかもこの大金でそれができる、そういうリーナの図太さが私は怖いよ……」
従兄って、言葉に遠慮がないわね……。可愛い従妹を図太いとか、怖いとか、失礼だわ……。
「……まあいい。それで、二つの商会にどう振り分ける?」
「振り分けないわ」
「え?」
「20万ドラクマ、全部、おにいさまのナナラブ商会の資金よ。純利益の4分の1を、出資者に、出資比率に応じて、毎年、配分してくださいませ。一般的なやり方でいいわ。6月末でしたわね、計算するのは? 配当の支払いは7月末までにね?」
「金額が怖すぎて持ち逃げとかとても考えられんな……あ、ちょっと待て。ドレスメーカーのザラクロ商会の資金は? いや、確かに、もうドレスが売れてるのなら、その金を資金としてでも、できなくはないが……」
「ザラクロ商会の資金は1万ドラクマ。7500ドラクマはナナラブ商会が出資します。残り2500ドラクマはナナラブ商会が貸し付けます。だから2500ドラクマはザラクロ商会の自己資金ね。その利子は年額で50ドラクマ、半年で25ドラクマにしてね。利子の計算日は1月1日と7月1日、利払いは1月末と7月末までに。ああ、出資者への配当はナナラブ商会と同じで」
「どうしてわざわざナナラブ商会を通す? 直接出資すればいいだろ? あと、貸し付けも。しかも、利子がずいぶんと安い。安過ぎるぞ?」
「商会を結び付けるためよ」
「……どういうことだ?」
「ナナラブ商会を親とすれば、ザラクロ商会は娘、かしらね? おにいさまのナナラブ商会は資金の管理を担当する商会。そして、娘や、この先産まれる他の息子や娘も、管理して、教育するの。しっかり資金という食事を与えて、大きく成長させて、働けるようになったら親に仕送りさせるのよ。この融資は親が子に貸すお金だもの、利子は愛情込みよ」
株式会社と銀行が普通にあった前世だと、当たり前のしくみだと思うけれど、こちらでは、まだないらしい。これ、図書館調べ。
あと、現状、利子というものが、高過ぎですわね。まさに高利貸しが横行していますわ……。
「……私は、会頭だけれど、その実態は会計責任者、なのか?」
「そうとも言えるわね。おにいさまは私がやりたいことを実現するための片腕よ」
「自分でやれよ……」
「いやよ、面倒だわ」
「ひでぇ……待てよ。20万ドラクマの資金のうち、まだザラクロ商会で1万ドラクマしか動かしてないな? つまり、リーナは、ドレスメーカー以外にも、何かしようと考えてるのか?」
「そうね。すぐにいくつもできるほど、人はいないもの。でも、人が増えれば、やるつもりよ」
「とりあえず、今、考えてるものだけでも、教えてくれ」
「ひとつはランドリネン商会」
「なんだそれは? やっぱりネーミングセンス、最低だな」
「おにいさまは淑女に対して失礼ね? 紳士じゃないわ」
「それで、何を作る?」
「まだ秘密よ。作る訳でもないわね」
「ああそうかい。他には?」
「ホットスポット商会も考えているわ。でも、まだ確認できてないのよね」
「……聞かない方がよかったかも」
「あら、つまらない人ね」
「リーナがとんでもないヤツだってことはよくわかったよ」
「……雇われたからには、しっかり頼むわね?」
「おうよ。それで、サラさんのザラクロ商会は、どこに作る?」
「ここよ」
「ここ? この屋敷か?」
「そう。主に裁縫室と衣装室になるかしら。別にどの部屋とか、関係ないでしょうけれど」
ドレスの作成は引き抜いた3人の針子だけでなく、うちの針子も喜んでお手伝いをしてくれています。ありがたいですわね。今のところは、それもあって、ザラクロ商会はこの屋敷が一番よい場所ですわ。
「……格上の侯爵家に嫁入りして、その屋敷でやりたい放題か」
「そのうち、商会の建物はなんとかしたいと思っているわ。でも、すぐには難しいでしょう?」
「まあ、そうだな」
「まだ、何か、聞きたいことは?」
「いや……ああ、最後にひとつ。どうして、いくつも商会を作るんだ?」
「営業税よ」
「……ああ、そういうことか、なるほど」
営業税という一言だけで察するタイラントおにいさまは、お祖父さまの言う通り、優秀ですわね。
王都では、王家が、商会に対して営業税を掛けていますの。8代前のナザレスⅢ世の施策ですわね。商業に着目してそこから税を取るという考えは素晴らしいと思いますわ。
ただし、王都で暮らす者たちが困ってはならないということで、働く者が一桁、9人までの小さな商会、商店、屋台などの税は年間1ドラクマと大変お安く決められておりますの。そこもナザレスⅢ世の素晴らしさですわね。お陰で儲かりますわ……。
近所の家族経営の八百屋が、営業税を払えずに潰れたら、その近くの庶民が飢え死にしますものね。
10人以上で10ドラクマ、20人以上で50ドラクマ、30人以上で250ドラクマ、50人以上で1000ドラクマと、商会で働く人数が増えれば増えるほど、営業税は高くなります。
それなのに、ほとんどの商会の経営者は、何というか、自己顕示欲、ですかね? 財力を見せつけるかのように、お高い営業税を払って、自分の商会を大きく、強く、見せようとなさいます。お祖父さまもそうですわね。まあ、信頼などの面では、それも必要なことなのでしょうけれど。
前世の感覚がある私には、節税の方が大切だと感じてしまいますわね……。
「資金が20万ドラクマもあるのに、最小規模の商会とか、どうしてこんなことを思いつく?」
「全ての商会を合わせたら最大規模の50人以上になればよいではありませんか。それでいて納める営業税はわずかにできるのですよ?」
「……合わせて50人? さっき言ってたふたつの他に、もうふたつ、商会を作るつもりか!?」
……必要なものがあれば、いくらでも商会を作るつもりですわよ?
「スチュワート、あとはお願いね。サラも、しっかり頼むわね?」
私はそう言うと、みんなを立ち上がらせて、執務室から出るように促します。
旦那様が基本的に不在ですから、執務はほとんど、私の役割ですわ! 別にいいですけれどね!
エカテリーナは、使えそうな部下を、手に入れた! 従兄ですけれどね! こき使いますわ!
さあ、商会が動き出しますわ! いっぱい稼ぎますわよ!
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