第19話 嫁ぎ先の領地へ(2)



 さて、ウェリントン侯爵領では、嫡男の嫁としてのお披露目がありましたわ。

 面倒ですけれど、これは必要な社交ですわ。むむむ。


 まあ、寄子の貴族家のみなさんと、隣接領地の貴族家の方と、侯爵領の土豪とも言える商家の方などがお客様でしたので、どなたも好意的で、穏やかに過ごせましたわね。知り合いも増えましたし、どちらかと言えば成果の方が大きいですわ。


 お義母さまにきつくきつくきつく言い含められた旦那様と、ファースト・ダンス、セカンド・ダンスを踊って、あとはにこやかに微笑んでおきました。旦那様はその後もダンスを楽しんでらっしゃいましたわ。

 残念ながら、さすがに壁の近くへと逃げることは許されませんでしたわね……一応、主役のひとりですものね……。ああ、壁の花というポジションを死守したかったですわ……。


 そう言えば、旦那様と初めてダンスをしましたわね。さすがはチャラ男ドクズ、とても踊り慣れていました。触られたところから感染しないかしら? 病原菌って見えないから怖いわ……。寝る前にしっかり全身を洗わないと……。


 翌朝、お義母さまからはダンスもようやく認めて頂けたので、こちらも無事に合格ですわ。ふぅ。それでも、5日に一度は練習を続けるように言われましたの。

 侯爵家は、厳しいですわね。


 領地内の重要箇所も視察しましたし、有意義な時間を過ごせましたわ。


 それと、スチュワートが整えた使用人見習いの採用面接も無事に済みましたの。本当に希望者が多くて、前もってスチュワートが人数を絞っていなければ、大変だったでしょうね。


 面接でほとんど全員が「仕送りでお母さんを少しでも助けたい」って言うのです。

 12歳とか、13歳くらいですから、小学校の高学年か、中学生くらいでしょう?

 うう、親を思う気持ちにきゅんとしましたし、貧乏の辛さを思い出して、私、泣きそうになりましたわ!


 スチュワートに全員採用したいと言ったけれど、冷たく却下されましたの。


 こんな冷たい男は、いつかお義母さまにクビにされるといいわ……いえ、でも優秀なのよね。むむむ、辞められると困るわ。どうしたものかしら? 何かいたずらでもして報復しましょう……。


 面接の結果、泣く泣く人数を絞って、女性使用人見習いを9人と、男性使用人見習いを6人、あと針子見習いを2人、採用しました。

 これであの屋敷の使用人部屋は満室ですわ。狭くなってごめんなさいね。


 お義母さまから「ずいぶんたくさん雇うのね……?」と疑惑の視線を頂きましたけれど、必要なのです、どうしても。ええ、どうしても。


 男性使用人見習いは、騎士見習い、御者見習い、侍従見習いの全てを経験してから、どこに配属するか決めているようですので、そのままでお願いをしました。本採用はひとり、とあらかじめ伝えてありますの。


 女性使用人見習いは、どこの専属で働かせるかを決めて動かしていたそうですので、それは止めて、男性使用人見習いと同じように、ハウスメイド、ランドリーメイド、キッチンメイドをひと月ずつ交代で経験させて、最後は家政婦と各部のメイド長に本採用にしたい者の名を挙げさせる、と。そういうやり方を女主人として指示しました。


 本採用となるのはこちらもひとりですわね。あら、意見が割れたら奪い合いになるのかしら? 困ったわ。


 スチュワートが「ウェリントン侯爵家ではもちろん、言うまでもなく、そこに属するフォレスター子爵家では、オールワークスメイドは雇っておりません、奥様」と釘を刺してくるのよね。

 だから、最終的に本採用の子は専属になるの。そこは変えないわ。


 高位貴族のプライドみたいなものでしょう? おれたち、専属で雇える余裕があるんだぜ、的な感じですわね。くだらないプライドだわ……。


 針子見習いは針子たちのところ。

 こっちは専属が基本ですけれど、やっぱり本採用はひとりだけ。


 たった二人だと、ライバル心がすごいわ。今は領地の屋敷の裁縫室で二人ともひたすら刺繍をしているらしいわね。あれならすぐ上達するでしょう。


 この子たちは10日ほど、領地の屋敷で厳しく躾けられて、何台かの馬車に分乗して王都へと向かいました。躾って、体罰、当然のようにあるのよ。私も、子どもの頃は、やられたわね……。


 立派な馬車に乗れるって表情をわくわくさせて、落ち着きなさいと叱られて。まあ、可愛いこと。

 お屋敷のこと、頼むわね、と言ったら「はい、おくさまっ」って、ホント、可愛い……。

 手を振って見送りましたわ! 奥様らしく、小さく振りましたのよ?


 エカテリーナは、たくさんの使用人見習いを、雇い入れた! すごいわ、権力者みたい!


 ……高位貴族の一員だからもちろん権力者のひとりではありますけれど。


 労働力って大切よね。この世界、人権思想がまだまだ浸透していないから、人件費がとてもとてもお安いし……雇って衣食住を保障することが、あの子たちを生かす道なのよね……。お金より食べ物なのよ……。






 さて、旦那様の休暇も終わりになるとのことで、お義父さま、お義母さまよりも早く、私と旦那様は領地を離れることになりました。それでは、エカテリーナ、行きます!


「旦那様、私、女主人として、レンゲル高原以外の、他の別荘もしっかりと確認しておこうと思いますの。どうぞ、旦那様は近衛騎士のお仕事のため、先に王都へ戻ってくださいませ」


「いや、それは、どうなんだい、リーナ?」

「どう、とは?」


「私の妻なのだから、近衛騎士として王家に仕える私を支えるために、一緒に王都の屋敷へ帰ってほしいよ、そうするべきだろう? リーナ?」

「あら、旦那様、おもしろいことをおっしゃいますのね」


 うふふ、とあえて笑う顔をお見せしますわ!

 あら、旦那様よりも、スチュワートの方が、なんだか苦しそうな顔になってますわね? いたずらは成功かしら?


 山荘へ行く予定、スチュワートには秘密にしておりましたもの。でも、女性の笑顔を見て苦しむとは、紳士として、どうなのかしら?

 まあ、スチュワートはもうどうでもいいですわ。今は旦那様を片付けておかなければ。


「どういうことだい、リーナ?」

「ご自分は3日に一度しかお屋敷へお帰りになりませんのに、私にはお屋敷へ帰れとお求めなのでしょう? これが笑わずにいられますか?」


「私は、近衛として、王宮の夜勤が……」


「近衛騎士の夜勤は3日に一度、ですわ、旦那様。私がそのようなことも知らないとでも?」

「な……」


 ……え? この人、本当に気づかれていないと? そう思ってましたの? 侯爵家、大丈夫なのかしら?


 ……ああ、お義母さまがいれば大丈夫よね。


 まあ、旦那様の浮気そのものを咎める気はございませんわ。そういう契約ですもの。

 そもそも、それは本当に浮気と呼べるものなのかしらね? 私から見た場合に、ですけれど。形式上は、浮気でしょうね。でも、本質的には……。


「し、知っていたのかい、リーナ? なら、どうして何も言わ……」

「旦那様。それは全て許す、というお約束、ですわ」


 敵の弱みというものは、きっちりと握っておいて、ここぞという場面で一息に突くものですわ。

 旦那様は、本当に騎士なのかしら? これで近衛? まあ見た目重視なら王家のお役に立ててはいるのね。


「もちろん、これから先も、それを咎めるつもりはございませんの。ですけれども、だからこそ、私がどこかの別荘に立ち寄って、そのせいで、旦那様と同じように、王都のお屋敷へ帰らないとしても、それは快くお認め頂きたいと。このくらいのことは、当然の要望ではなくて? どうかしら?」

「……」


「ご理解頂けたようで何よりですわ。私の馬車はサンハイムの山荘へ向かいます。ああ、旦那様、ご心配なく。サンハイムの山荘への連絡は5日前に済ませておりますし、10月の終わりの大夜会には必ず間に合うように、お屋敷に帰りますわ。では、ごきげんよう、旦那様」


 うふふ! しばらくは温泉三昧ですわ!


 私は、呆然としている旦那様と頭が痛そうなスチュワートを残して自分の馬車に乗り込み、サンハイムの山荘を目指して出発したのでした。





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