第23話 祖母の面影(1)
目の前の資料に疑問が次々と湧いて出ます。
「……スチュワート?」
「はい、奥様」
「どうして、調べて、と言ったら、すぐに資料が届くのかしら?」
「誉めて頂けると幸いにございます」
……知りたいと思っていることが既に調査済みであること。確かに有能さの証明ではありますわ。
というよりもこれは、また、お義母さまからの課題のような気が致しますわね。いったい、どこまで手を打ってらっしゃるのかしら。
手に取った資料はライスマル子爵家に関する調査報告。執務机の上には、ヨハネスバルク伯爵家とモザンビーク子爵家の調査報告もありますわ。
どれも、旦那様の親友、ご友人のおウチで、大夜会前に、ちょっとした夜会を開いて、旦那様の結婚をお祝い……つまり、私のことをお祝いしてくださる、というおウチでございます。本当に、余計なことをなさいますわね……。
ミセス・ボードレーリルが勝手に出席で返答してしまったため、この夜会には私も出席です。ええ、お陰で別荘やら農園やらを頂きましたわ。ついでになぜかお義母さまからの高評価も。
それはともかくとして……。
「……本当に、旦那様のご友人なのかしらね?」
「それは、なんとも、申し上げられません」
……その返答が答えでしょう?
どの家も、資金的にやや苦しいようですものね。ケンブリッジ伯爵家ほどではありませんけれど。
この方たち、旦那様と友人関係にあることは間違いないのでしょうけれど、どうやら、ウェリントン侯爵家からの支援も、大きな目的のようです。
お金が絡むと、単なるご友人ではいられなくなりますわよ? 覚悟はあるのかしらね?
……まあ、そもそも、貴族に、本当に純粋な友人なんて……いえ。貴族に限らず、ですわね。
ライスマル子爵家など、寄親であるマンチェストル侯爵家から止められたというのに、旦那様を祝福する夜会を開催するつもりですもの。乗り換えるつもりかしらね? 無理ですけれど。
寄親が止めるのは、止めるだけの理由があるのです。素直に従っていればよいものを。
マンチェストル侯爵家はこの夜会、欠席のようですわね。既に見捨てたのかもしれませんわね……。
……愚かですわ。そのようなことだから、お義母さまに狙われるのです。
うちの旦那様は、言ってみれば不発弾ですわね。いつ、どこで爆発するか、わからないお方です。本人にその自覚はございませんけれど、だからこその不発弾です。
最有力な侯爵家という巨大で強大な権力を理不尽にお持ちなのに、その自覚がないという、困った存在です。
ご自分の行動がどのような影響を与えるのか、おわかりではないのです。
……ご友人だというのなら、理解していてもよさそうなものですけれど。
はあ。気が重いですわ……。ですけれど、それをうまく御しなさい、というのがお義母さまの思し召しですわね。
この三家は、そのための教材のようなもの、というところでしょうか。
……不発弾をどこかで爆発させて、理不尽な権力を自覚させなさい、という感じかしら。そのためなら、旦那様の友人関係も、寄子ではない子爵家や伯爵家も、崩壊させてかまわない、と。お義母さまらしいですわ。
ですけれど、息子の教育というものは親がするものでございますわ、お義母さま。私にさせて、どうか後悔なさいませんように。
さて。課題をこなしつつ、私の利を得るには、どうするのがいいかしら……?
ライスマル子爵家の夜会の日、とても久しぶりに旦那様とお会いしましたわ。
サンハイムの山荘から戻って数日経ちましたのに、お顔を見たのは初めてですもの。
私が夜勤の回数を知っていたことに動揺なさっていましたのに、どうせ知っているのならばと、お屋敷に帰らない日々をお過ごしになるとは、本当にドクズですわね……。まあ、早朝に帰って着替えたりはしてらっしゃるようですけれど。
一応、エスコートはしてくださるおつもりのようで、同じ馬車に乗りましたわ。旦那様と、私と、侍女で護衛のクリステル。旦那様の侍従のヘイストルは御者席の方で御者の隣におりますわね。移動には騎馬で護衛騎士も並走しております。
「スラーは、騎士見習いの頃から、私とは剣で互角、馬上槍だと少し私が勝ち越しているんだよ、リーナ」
私は旦那様のお話に微笑みながら相槌を打っておきます。声を出すのも面倒ですわ。
「大会の近衛の部でも、スラーは8強に入るからね。私は馬上槍だと2強だよ、リーナ」
心から、どうでもいい情報だと思いますわ! そう言えば、汗を拭う仕草で、ご令嬢のみなさまをクラクラさせてらっしゃるのでしたわね。どうでもいいですけれど。
……そんな旦那様トークを聞き流しながら馬車は進み、ライスマル子爵家のお屋敷ですわ。
本日の夜会の招待客では最高位です。一度、控えに通されて、入場を待ちます。
男爵家、子爵家の方は既に入場済みで、ご歓談中なのでしょう。今回、伯爵家は参加しておりませんわね。招待状を送らなかったようですので。もちろん、公爵家や王家は、当然、同じですわね。
寄親のマンチェストル侯爵家は招待されての欠席返答ですわ。その意味を考えなかったのかしら?
こういう情報を掴んでいるスチュワートたち、我が家の使用人……というか、ウェリントン侯爵家の使用人は、本当に優秀ですわね。旦那様は目を通していらっしゃらないようですけれど。
控えの扉がノックされて、呼び出されました。入場ですわ。最後に華々しく。
そして、主催のライスマル子爵家のみなさんに、最初に挨拶をするのです。
本当、面倒な仕組みですわ……いえ、長い時間をかけて、この国ではこのスタイルになったと理解はしておりますけれど。
「ようこそいらっしゃいました、フォレスター子爵。ご結婚、おめでとうございます」
「ありがとう、ライスマル子爵。こちらが私の妻、エカテリーナだ」
「エカテリーナ・フォレスターです」
余計な言葉は、発さない。できれば、それで、気付いてほしいですわね……。
「ノルマンド・ライスマルです。お噂は何度も耳に致しました。これは妻のウルスラ、嫡男のリーンハルタス、次男はフォレスター子爵と同じく近衛騎士をしております、スラーフェスト、そして、母のオリビエラです」
……おや、母、と? スチュワート? 事前情報にありませんでしたわね? 確か、領地にいるはずなのでは?
「ウルスラでございます。フォレスター子爵夫人は、珍しいドレスをお召しですわね?」
私は話しかけてきたライスマル子爵夫人へと見せつけるようにゆっくりと扇を動かし、右肩から口元を隠すように開く。もちろん、三つ羽扇の左襟はよく見えるように。
特に何も答えない私に、ライスマル子爵夫人は少し戸惑っていますわね。
「……扇襟、でございましょうか? 私が知るものとは少し、違うようですけれど」
母と紹介された方から、嫁である義娘へのフォローが入ります。お勉強が足りませんわね……。
「あら、ライスマルの大奥様はご存知でしたか?」
「ええ。私がまだ、嫁ぐ前、私の母や祖母がよく扇襟のドレスを着て、出掛けておりました。けれど、その頃のものとはずいぶんと受ける印象が異なります」
……この方、柔らかくも、芯がありますわね。何かしら? ……ああ、お祖母さまにどこか似てらっしゃるのね。懐かしいわ。あの年代の方は、みな、こういう感じなのかしらね?
「昔のものをそのままというのは、あまりにも流行から外れてしまいますでしょう? ですから、当時のものよりも羽の数を少なくしてみましたの。けれど、扇襟に込められた想いは大切に受け継いで、よき妻でありたいと思っておりましてよ?」
「それは、素晴らしいことでございます」
……微笑む感じが、お祖母さまにそっくりですわね。血の繋がりはなかったはずですけれど。
「まあ、これは、昔のデザインですのね?」
「ええ」
ああ、子爵夫人はご存知ないから、単なる昔のデザインでしかないわよね。いろいろと足りないこの嫁のフォローのために、大奥様は領地からわざわざ出てきたのかしら。侯爵家の跡継ぎ夫妻を招くという、こんな大それた夜会を開こうなどと、息子たちが行動してしまったから。
……ドレスを馬鹿にされた、というパターンも考えなくはなかったけれど、大奥様の対応で中和されましたわね。それに、こっちは私の利がありませんし。素晴らしいと言ってもらえましたし。
「……旦那様、他のみなさまの挨拶がございますわ」
「ああ、そうだね。下がろうか、リーナ」
他のお客様も、主催者への挨拶が必要です。場を譲りましょう。
……でも、困ったわ。この大奥様、なんだか、お祖母さまに似てらして、懐かしくて。
気持ちが鈍るわ……。
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