第22話 没落した理由(2)



 そう。

 建国時からの歴史ある名家とか言われているが、そのほとんどが既に滅びた。それぞれ事情は異なるけれど。


「ケンブリッジ伯爵家の領地が王都から近いのは、建国時からある古い家柄だから。そもそも、その頃の王国はまだ小さかったものね。そして、ケンブリッジ伯爵家は、王都に近い領地であること以外には特筆すべきことがありません」

「そんな……」


「王国の拡大期には、私たちの祖先が活躍して、新たな領地を頂いたこともあったわ。でも、それは王都から離れた場所で、飛び地。それを一族の中で、長子だけでなく、弟たち、時には従兄弟たちに分けて継がせてきた。これが分割相続。本家は王都近くの領地を誇りに思って。実際には、分け与えた飛び地の中に鉱山や港に適した地もあったのに」


「そんな親戚、知りませんよ、姉上?」

「そうね、王国の拡大期はもう400年以上も前だもの。その当時に枝分かれした一族をまだ親戚ですとは言えないわね……」

「そうでしたか」


「同じ拡大期で、リライア侯爵家や、その頃に興ったウェリントン侯爵家は……当時は子爵家ね……王家から与えられた飛び地をまず、主たる領地に隣接する領地を持つ他の貴族と交渉した上で、王家の許可を得て交換するようにしたわ。たとえそれが、一時的には損しているように見えても」


 そうやって、領地を一か所に集めた上で、大きくした大貴族が、今も力を持っている大貴族には多いのです。


「ケンブリッジ伯爵家は、こういう言い方が適切かどうかは意見が分かれるのでしょうけれど、建国時からの名家という誇りがあったからか、王家に対する強い想いがあって。その王家から与えられた領地は、飛び地だから交換するなどという考え方ができなかった訳よ」


「……姉上は、どうしてそんなことをご存知なのです?」

「あなたはもっと本を読みなさいな。勉強不足だわ。とにかく、結果として、王家から頂いた大事な領地は一族で守る。その結果としての分割相続と、一族の分散。ケンブリッジ伯爵家に限らず、多くの貴族家がこれで力を失うの」


「なら、なぜ今もケンブリッジ伯爵家は……」

「分割相続で無数の貴族家に分かれて起きた長い戦乱の世を収めたノベリータⅡ世陛下が、長子相続を定めたから、分割相続ができなくなって、かろうじてケンブリッジ伯爵家は生き残ったわ。また、この戦乱の時代も、王都の近くはあまり巻き込まれなかったことも大きいわね」


 ……もちろん、その代わり、その後は貴族家の跡を継げない次男、三男は苦労するのだけれど。


「かろうじて……」

「あのね、ライオネル」

「はい、姉上」


「はっきり言って、ケンブリッジ伯爵家は、伯爵家としての体裁を整えるにはもう、どう足掻いても厳しいわ。詰んでしまったと言えるの。なぜなら、拡大期に成長していく王国の中で、伯爵家らしくあるために与えられた領地をとっくの昔に失っているのですもの」


 ……歴史的な見方をすれば、そういう話ですわ。でも、直接的には、お祖母さまが自分の姉である、リライア侯爵家に嫁いだ大伯母さまに張り合ったからとも言えますわね。そもそも、お祖母さまがケンブリッジ伯爵家に嫁いだのも、姉と同じく三侯四伯に嫁ぎたかったからでしょうし。


 本当に、高位貴族のプライドというものは、やっかいですわね。


「詰んで、る……」

「ええ、そうよ」

「そんな……」


 弟、ライオネルは絶望の表情ですわ。


 14歳で、デビュー目前の少年には、厳しい話よね。ごめんなさい、ライオネル。でも、まだまだよ、ライオネル。あなたは甘いわ。エカテリーナ、行きます……。


「もちろん、今、あなたに届いている縁談、それは私が嫁いだウェリントン侯爵家が目当て。そして、それが目当てということは、申し込んでいるみなさま、ケンブリッジ伯爵家と変わらないか、それ以上に厳しいのでしょうね」


「……そんな家との結婚は」


「お勧めできないわね。でも、だからといって、お母さまの実家、ダドリー子爵家のような、商会を経営して成功していたり、ウェリントン侯爵家のように領地経営で成功していたりする貴族家は、当然だけれどケンブリッジ伯爵家への嫁入りなんてありえないわね。詰んでしまった家に、名家だからといって、お金を出すとでも? お父さまは、残念ながら才能はなかったけれど、運は良かったわね……お祖父さまが繋いだ縁でお母さまを娶ったのだもの……」


 ……全てはお祖父さま同士が友人だったから。本当にそれだけ。でも、お父様にはそのような友人はいません。残念ですわね、ライオネル。


「お父さまは、お祖父さまのような友人がいないわ。つまり、あなたは結婚相手に期待して、その持参金や、その実家の支援でなんとかすることも難しいわね」

「あ……」


 ライオネルの絶望が深まる……。


「それに、今はカーライル商会のお祖父さまが借金の利子を低く抑えてくださっているから、なんとかぎりぎりやっていけているのであって、これがもし、お祖父さまが亡くなられて、伯父さまに代替わりしたら……」


「そんな、今の借金も、そのままとは限らないってこと? もっと苦しくなる?」


 ……私の予想では、お祖父さまが最後の最後で助けてくれるでしょうけれど、それはあくまでも予想だもの。ライオネルに教える必要はありませんわ!


「……だからね、ライオネル。あきらめるべきところは、あきらめた方がいいと思うのよ」

「姉上……」


「例えば、今の、ケンブリッジのお屋敷、使用人も少なくて、あの広さには合ってないでしょう?」

「そうですね……」


「お祖母さまが亡くなった後は、夜会なんか一度も主催してないのに、あの広いダンスホールとか、本当に掃除が大変なだけよね? お客さまもほとんど来ないのに、無駄に広い応接室もよ」

「ああ、本当に、そうですね」


「……実は、近々、王都のタウンハウスを手放しそうな男爵家があるみたいなの」

「え?」


「今の、ケンブリッジ家なら、たぶん、そこは丁度良い広さのお屋敷だわ。そのお屋敷を、今、我が家で買い取ろうかと考えているのよ」

「男爵家のタウンハウスを、姉上が、ですか?」

「ええ。そこでね……」


 私はできるだけ優し気に、弟に微笑みます。あなたを心配しているの、と。この子は素直な子だから、きっと、簡単に騙されてくれますわ。


「……ケンブリッジ伯爵家の今のお屋敷を2万ドラクマで買うわ。それで、1万ドラクマで男爵家のタウンハウスを売ってあげます」

「姉上……?」


「そうすれば、ケンブリッジ伯爵家には1万ドラクマ、残るわ。結婚の時の契約で実家の援助はできないけれど、こういう売買なら問題ないでしょう?」

「そんな方法があるなんて……」


「お屋敷も、今の使用人の人数で、そのタウンハウスならきっちりと回せるわ。どうせ、夜会なんて主催しない訳だし、ダンスホールなんて小さいもので十分。もし、ケンブリッジ伯爵家で夜会を開く必要があれば、その時は場所だけでも貸せるようにするわ。でも……」


「でも?」

「そうやって手にした1万ドラクマは、絶対にお父さまに触らせてはダメよ」

「それは、そうかも。でも、父上にお金を触らせないというのも、難しいです、姉上」

「ええ、だから、その1万ドラクマは、私の商会に出資しなさいな」

「姉上の、商会ですか? そんなものを作ったのですか?」


「そうよ。出資者には純利益の4分の1を出資比率で分けることになっているの。カーライル商会のお祖父さまも5万ドラクマ、出資してくださっているわよ? それだけ期待できる商会なの」

「お祖父さまが、5万ドラクマも……」


「お父さまを上手に説得するのよ、ライオネル。そうすれば、あなたの代には、少しは伯爵家も持ち直す可能性があるわ。いい、お母さまにしっかりと利があることを説明なさい。特にお祖父さまが出資している私の商会のことや、屋敷を移ることでいろいろと負担が軽くなることとかもね。必ずお母さまを味方に付けて、それでお父さまを落とすの。それが、あなたが跡を継ぐ、ケンブリッジ家のためなのよ。嫁いだ私には、もう、契約で実家の援助はできないのだから……」


 ここで悲し気に視線を反らしますわ……。


「姉上……」


 ぐすん、と弟が鼻を鳴らします。もう、本当に素直な子。かわいいですわ。

 力のある伯爵家だと、あなたではきっと他家に潰されてしまうわね。あなたは没落寸前のケンブリッジ伯爵家でいいのよ、きっと。貧しいから相手にされない、それくらいがいいの。


「あなたが真剣に説得すれば、きっと大丈夫。お母さまも、お父さまも、わかってくださるわ」


 ……あなたと違って、私だときっと疑われるものね! 特にお母さまに!


「はい……はい、姉上……私は、母上と父上を説得してみます、姉上……ありがとうございます」


 ……どうやら成功のようですわね。でも、瞳に涙を浮かべつつ、ありがとうなんて言われたら、さすがに罪悪感は感じますわ。ごめんなさい、ライオネル。


 それでも、私、どうしても、使い慣れたケンブリッジのお屋敷はほしいのです!


 ……一応、姉として、娘として、家族としての善意もございますのよ? 信じてもらえるかどうかはわかりませんけれど。





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