第49話 今宵はどなたの血が流れるのでしょうね? (3)



 そこでようやく馬車の移動が始まります。馬車は全て、襲撃された場合の壁としてその場に停めたままでした。

 そして、騎士の2分の1は馬車止めで馬車の警備を担当します。

 もちろん、馬車に何かされる可能性があるからです。御者たちと騎士たちで馬車を守ります。


 残り2分の1の騎士たちは、控室の出入口と、控室の中で警戒にあたります。


 そうして控室に入った私たちは、用意されたお茶とお茶菓子を楽しみ、入場までくつろぎ……たいけれどできません。


 控室で座っているのは、お義父さま、お義母さま、旦那様、私の4人だけですわ。


 けれども、侍女や侍従以外の寄子の貴族たちが挨拶にやってきて、それから彼らは会場へ行くため、くつろいだり、のんびりしたりはできませんの……。


 ……いえ、よく考えたら、そもそも無理ですわ。


 みなさんがこれだけ働いている中でのんびりとくつろぐというのは私にはまだ精神的に厳しいですわね。

 顔には出さないようにしていますが、心の中では無理ですわ。

 いつもの、フォレスター子爵家関係の人たちだけなら、それなりに慣れてきたのですけれど。きっとお義母さまは寄子の挨拶なんて受け流して余裕なのですわ。


 侍女や侍従のうち、男爵家の者たちが私たちに挨拶をして、控室を出て行きます。男爵家の入場時間になったからです。

 ちなみにエスコート相手のどちらかが男爵家ではなく子爵家の場合は、子爵家の時間での入場となります。

 アリーとユフィが入場のために挨拶をして出て行きます。男爵令嬢クリステルのエスコートは子爵令息のスチュワートですので、子爵家の入場の時ですわね。


「……幼友達とはいえ、時には敵対することもあります。その時には容赦しないというのが互いの了解です」


 お義母さまの言葉に私は身を引き締めます。ですけれど、私の隣で旦那様は身を震わせています。もう少し、しっかりしてくださいませ。


 マンチェストル侯爵の妻であるタリアシェーナ・マンチェストル侯爵夫人はお義母さまの幼友達とのことです。お義父さまとマンチェストル侯爵にはそのような特別な接点はないそうです。


 侯爵家の入場まではまだ時間がありますので、誰に気を付けなければならないか、お義母さまからのレクチャーが続きます。


 ……正直なところ、オルタニア夫人から教えてもらってはいたのですけれど、侯爵家の一員としての大夜会は、去年までと違って本当に面倒で大変です。


 寄子たちのために、最初の男爵家の入場前から会場に入り、下級貴族が入場を終えるまで、待ち続けなければならないのです。


 でも、会場内で寄子たちに挨拶をさせていたら、それはそれで時間の無駄ではありますもの。だからこそこの流れができたのでしょうね。


 子爵家の入場が始まり、挨拶をしてクリステルたちも出て行きます。


 そうすると残るのはタバサのような大夜会に出席しない侍女や侍従と、下級使用人のメイドやフットマン、そして護衛騎士たちだけになります。

 王宮の使用人はこの控室の中にいるのですけれど、手出しができないのでもはや空気です。

 旦那様がこういう中で育って、平然と夜会で出される物を飲食なさっていたのは本当に不思議です。


 外から王宮の使用人が呼びにきて、ようやく入場順が近づきます。


 護衛騎士たちに守られながら、お義父さま、お義母さまに続いて、旦那様のエスコートで入場扉近くの入場控室へ入ります。これは毎年経験してきたので大丈夫です。


 男爵家、子爵家までは大星殿へやってきた順に入ります。入る時には名前が読み上げられますけれど、厳密に順番を定められておりません。


 伯爵家以降は、数が少ないのでその爵位の歴史が新しい順に入場します。


 今のウェリントン侯爵家とマンチェストル侯爵家のように険悪な関係の場合もあるので、入場前に顔を合わせないようにこのような入場控室が入場扉の近くに用意されているのです。

 入場扉の前で入場を待っている間に嫌味の応酬とか、さらには刃傷沙汰とか、起きたら大変ですもの。


 ウェリントン侯爵家は侯爵家の3番目に入場します。

 現在の王国内の貴族は、二公爵、五侯爵、七伯爵なので、侯爵家のちょうど真ん中の位置です。歴史的には。

 マンチェストル侯爵家は侯爵家の4番目での入場なので、少しだけ侯爵家としての歴史の古さで負けています。歴史の古さでは。


 去年まで私は伯爵家の最後での入場でした。ケンブリッジ伯爵家は歴史だけはとにかく古い名家ですので。

 ちなみに私のエスコートは、デビュタントの時はお父さま――これは入場が別になるのでお母さまが参加していても可能なのです――それ以降はお祖父さまや、タイラントおにいさま以外の従兄のおにいさま方、一度だけどうしても都合がつかず、侍従のドットにエスコートをしてもらったことがございます。

 その時のドットは死にそうな顔をしていました。タバサと同じで夜会は苦手なようです。気持ちはわかりますわ……。


 さて、最後の呼び出しがありました。


 いよいよ入場します。


 入口の大扉を抜けて、その場に立ちます。


「ウェリントン侯爵家より、ヴィクタークス・ウェリントンさま、レクシアラネ・ウェリントンさま、レスタークス・フォレスター・ウェリントンさま、エカテリーナ・フォレスター・ウェリントンさま、ご入場でございます」




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